ひびのあれこれ
by happanappamama
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見えているもの、いないもの。
なんとまぁ、1年以上ぶりの更新。

ここにこそ、書きたいことがいっぱいあるはずなのに
書かずに放置しているのはもったいないよね。

こまめに書きたいと思っているのだけれど
日々の雑事に追われ…という、月並みな言い訳。

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ここには極力預かり犬のことは書きたくないんだけど
でもちょっと思ったことがあったのでサラッと。


ウチでお預かり中の女子犬・青(せい)。
このたび里親さんが決まった。

とてもよい人たちで、
奥様はまだまだお若いけれど、感性に通じる何かをお持ちの方…とお見受けする。


青は吠えの問題のある子。
お迎えいただくにあたって、その辺り「ホントに大丈夫なのか?」を考えていただいた。

無理をして迎えていただくようなことになっては
どちらも不幸だもの。

いろいろお話して、すっかり安心して託せると思っているのだけれど
当初、奥様は青が吠えることで「ご近所の反応はどうか」ということを
とても気にかけていた。

青が他の犬に吠えることそのものは大丈夫、とのこと。
あとは近隣との関係、って。


「やっぱり一緒に暮らしたい」とお申し出いただいた後
お電話で直接お話したときに

「今まで全く気づかなかったけれど、
”ウチのご近所って、けっこう犬の声がするんだな”ということに驚きました」って。

青を迎えるかどうかを真剣に考えている間
それまで耳に入らなかった犬の鳴き声がよく聞こえたのだと。


それって、とてもわかる気がする。

ウチもむーちゃんを迎えてから、
「犬と暮らしている人ってこんなに居るんだ!」と思ったもの。

妊娠したときは
「世の中、妊婦ばっかりじゃん!」と思ったし
子どもが生まれてからは
「子どもってどこにでもいるんだな」って思った。

要するに、自分がフォーカスしていないものは
見えていないし、聞こえていないのだよね。


あるときハタと気づくことって、いっぱいあるのだよなぁ。




今自分が見ている世界は、自分が見ようとしている世界だ。

だから、
気づかず見過ごしているものがあることに、
敏感でいたいなと思う。
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# by happanappamama | 2015-07-20 21:08 | つれづれ | Comments(0)
アンのこと
久しぶりにココに何か書こうと思ったら
パスワードを忘れちゃって、しばらくログインできなかった。

なんてご無沙汰しているんだろう。
前はちょくちょく開けていたのになぁ。
記事投稿の仕様も変わっちゃってるし。


『花子とアン』を楽しみに見ている最近。
連続テレビ小説は、みんなが見ていた『あまちゃん』も見ていなかったのに
村岡花子さんの生涯だと聞けば、つい見たくなってしまう。

『赤毛のアン』は、中学1年生の夏休みに初めて読んだ(のだと思う)。

長い物語を読むのが、決して得意ではないと思っていたそのころ
この超分厚い(…と当時の私は思った!)文庫本を1冊読み終えたというのは
「どんなもんだ!」という気にさせられた。

私はアンの物語が大好きになって、
それから今まで、何度その本を読んだかわからないくらい読んだ。

いい加減何度も読んで、ちょっとだけ本の傷みが気になり出すと
最初に買った文庫本は愛蔵版として引退させて
別にもう一冊買って、好きな文章に赤鉛筆で線を引いたりした。
わざわざそのために、やわらかい朱赤の色鉛筆を買って。
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(下が最初に買った文庫本。今出版されているものとは表紙の絵が違うし、背表紙も最初は白かった)

そのとき線を引いた箇所を見返すと
今とほとんど変わらない感性だったのだなぁと思う。



私も小さい頃、いろんなことを想像して楽しむ子どもだった。
そして、ものすごく些細なことをいつまでも覚えている子どもだった。

想像と現実と、区別がつかなくなっちゃうこともいっぱいあったような気がする。
いま考えると「あれはほんとに想像だったのかな?」って思うことも。
もしかしたら現実だったんでは?って。

自分が空を飛んでいたことだって、
全く当たり前の記憶としてその感覚さえもちゃんと覚えている。
高校生になってからも、その幼い頃の記憶を、自分が間違いなく体験したことだと信じていた。

大人になった今、頭では「想像の中の体験なのだろう」って思うけど
やっぱり空を飛んでいる感覚は、ちゃんと自分の中にあるんだよ。
階段だって、お尻をつかずに座ったまま移動していた記憶があって、
お尻と階段の間にある、弾力ある空気の感じさえ、ちゃんと覚えている。

扉を開けずに通り抜けたこともあるんだけど
これはその感覚をちゃんとは覚えていなくて残念だ。
20歳くらいまでは確実に身体が覚えていたんだけどなぁ。


『アン』のシリーズは、最後までは読んでいない。

今思えば、アンの物語は結果オーライの物語だ。
もちろん、そこが好きなんだし、
アンの書かれた時代に求められていた物語はリアリズムではなかったはずだし
モンゴメリさんも、夢のような物語としてそれを残したかったに違いない。

でも、物語の中の人生も、いつも必ずハッピーでいられるはずはなく
ギルバートと結婚して、子どもたちとともに炉辺荘に移り住んで
子どもたちが成長するにつれて
少しずつアンの家族に忍び寄る不安の影みたいなものが見えてきて
そのまま読まなくなってしまった。


『赤毛のアン』は、別の人の翻訳も出ているけど
やっぱり村岡訳が一番しっくり来るのは、
本の中のアンと同じように自分も一緒に体験しながら読んだ物語だからだ。

古い日本語の、美しい言い回しもとてもいい。
多感な時期にこの本を読んだ人はやっぱりこの訳から逃れられないだろうけど
nappaたちはどうだろうか。

自分が読んだ最初の訳には並々ならぬ愛着があるものなんだよね。
『星の王子さま』もやっぱり、内藤濯さんのものが好きだ。


今日は暑いから、窓は締め切りでエアコン作動中なのでとても静か。
nappaちゃんは明日まで中間試験で部屋に篭り中。
ジジ男とhappaはお出かけ中。
犬たちはまったりお昼寝中。

私はお茶を飲みながら、久しぶりにアンを読んでみよう。
そろそろ夏だ。
新潮文庫の100冊気分が近くなってきた。



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# by happanappamama | 2014-06-01 15:46 | ほん | Comments(0)
J.D.サリンジャー様
新聞の書評欄はあまり参考にならない。

ウチはもうかなり前から「変えようかなぁ」と思いながら読んでいる朝日新聞なんだけど、
なんだか、非常に頭のいい人だけを想定してるのかな?っていう本が多いような気がするし。

でもやっぱり毎回目を通してしまう。

単純に、本について誰かが語っているのを聞くのが好きなせいもあるんだな、きっと。
実際に新聞の書評欄を見て手に取った本って、数えるほどしかないんだけど。




でも今日の書評欄。

『サリンジャー』というタイトルの本が最初に目に飛び込んできた。

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あらあら、興味を惹かれちゃうじゃないか。



サリンジャーは高校生のときに初めて「フラニーとゾーイー」を買ってから
(多分、読んだのはずっと後…というところがミソ)
なんとなく、いつのときも身近にいた作家だ。

初めて一人で西ヨーロッパへ出かけたとき、
言葉のあんまり通じない、一人ぼっちの不安を振り払うみたいに
持って行った『ライ麦畑でつかまえて』を読んで読んで読んだ。


誰もがそのタイトルだけは知ってる本だし、
若者は読まなければならない、みたいにも言われていたし、
なんといっても、そのタイトルがなんだかカッコよかったんだよね。

で、読んだら想像していた内容とは全く違って(笑)


想像では主人公は女の子で、もっとふわふわした小説だと思ってたんだけど
実は精神を病むほどにナイーブな少年の話だとは
全く思わなかったなぁ。

邦題がちょっと、違うものがたりを想像させるようなタイトルだしね。
浮ついた感じも無きにしもあらず、で
違うタイトルだったらどうだった?なんて思ったりする。




異国の地で、
ユースホステルのベッドの上や公園のベンチなんかで一人ぼっちで読んだということも、
もしかしたら大きく影響しているかもしれないんだけど
この本はとても大事なものになった。


サリンジャーの小説は、多分出版されているものはほとんど読んでいて
この『ライ麦~』はこの作家の、決して一番好きな小説じゃあないんだけど
それでも、懐かしさとか、外国で感じたいろいろと相まって
タイトルを聞いただけで、胸の辺りをぎゅっと掴まれるような感じがするし

今思えば、サリンジャーに触れて以降
小説の楽しみ方がちょっと変わったようにも思う。




で、本日の書評欄の『サリンジャー』。

著者のケネス・スラウェンスキーさんという方はサリンジャーの熱狂的なファンで
この本の中には知られざるサリンジャーがいるらしい。

私がこの世に誕生した頃には、もう隠遁生活に入っていたサリンジャーが
そこで毎日、発表する予定のない小説を書き続けていたことや、
もはや「仕事と祈りのふたつは区別がつかなくなっていた」ほどに
書くという仕事に没頭していたことが語られていて
やっぱり私はうれしかったな。



選者は、いとうせいこうさん。
この方の選ぶもの、気軽に「読んでみようかな」と思わされるものがたくさんあるような気がする。
文章も、変に勿体ぶってなくて好きです。



書評の最後に、嬉しいような、胸がチクリと痛いようなニュースがひとつ。
隠遁生活中に執筆された5作品が来年以降順次出版されるらしい。


モチロン読みたいけど、
生前、ご本人が承諾していたことなのかしら?ということも、ちょっと気になる。
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# by happanappamama | 2013-10-13 16:28 | ほん | Comments(0)
距離
初夏の頃引っ越してきた、ごくごくご近所さん。

噂では4人家族らしいんだけど、姿を見たことがあるのは同世代風のご主人一人だけで
他の3人は見かけたことすらない。

ここ最近、朝ご主人が前の道路で車を洗っているところに出くわす。

ちょうとお散歩に行くときだったり、帰りだったりするので
「おはようございます」ってご挨拶をするんだけど。


いつもあちらは無言。

ちらりとこちらを見ることはあるんだけど、
水の音なんかもするだろうし、私もそんなに大声張り上げてたわけじゃないし
もしかしたら聞こえていないのかもしれないなって思ってた。



ご近所だから、お互いにこれからも顔を合わせる間柄。
今朝もご主人が洗車していたので、思い切って近づいて行って
「おはようございます」と言ってみた。


私が家から出てきたとき、コチラの方を見ていたし
斜め向かいの住人だということはわかるはず。

お近づきになるいいチャンスだと思って。



でも。
動かしていた手を止めて、顔を上げて私の顔を見たのに、またまた無言。


なんだかちょっとがっかりだ。


挨拶はご迷惑なのかしら?
ご近所付き合いはしたくないと思っているのかな?



つい、この間までそのお宅に住んでいたご家族とは
同じ年頃の子どもがいたこともあって、仲良しだった。

急にお引越しが決まって、寂しく思っていたのだ。

そのご家族と同じようにお付き合いしたいと思っているわけではないけど
顔を合わせれば「こんにちは!」と言える程度の付き合いは、あってもいいんじゃないか…というよりも
必要なんじゃないかと思う。



気づかないのかと思っていたから挨拶はしていたけど
これからどうすればいいのだろう?と思ってしまうなぁ。

モチロン、そこに居るのを知りつつ無言で通り過ぎるのは嫌だけど
アチラが嫌がっているとしたら、それは押し付けがましい行為なのかなぁ。



どんな距離でいたらいいのだろ。







距離といえば。

全然カンケーないけど(笑)、食洗器との距離も測りかねる。


我が家に食洗器というものが導入されて、かれこれ4年。
いまだに距離が縮まらない。


お皿にくっついている食材はあらかじめ落としてから入れてください、と注意を受けたので
ざっと下洗いみたいなことをして機械に入れるんだけど
結局どこまでが下洗いなのか、丁度いい所でケリをつけられず
そのまま洗ってしまってきれいになりました、みたいなことが多い。

いまだに。



どんな機器もうまく使いこなせない。

つくづく、アナログな人間なのだなぁ。
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# by happanappamama | 2013-09-23 10:48 | つれづれ | Comments(0)
匂いと臭いのまわりのあれこれ。
商品名を出すのもどうかと思うけど、ファブリーズに代表される香りつきのスプレーが苦手。

無香のものも使ったことがあるんだけど、
なんだかやっぱり匂いがする。


その香りそのものは、そのとき一瞬嗅ぐ分には決して嫌な匂いじゃない…というか
いい匂いだなと感じるものもある。

でも、やっぱりそういう匂いをたくさん嗅ぐと、ちょっと気持ち悪くなっちゃう。
なんだか嘘っぽい香りなんだよね。



最近巷には、いわゆる香り関連商品がたくさん。
テレビのCMを見ていても、百花繚乱という感じだ。


布にかけるもの、空間にスプレーするものはもちろん
髪専用のものもあるし、近頃の柔軟剤は擦ると香るなんてものもあったりしてびっくり。


こういうものがたくさん発売される背景には、
どんどん臭いに敏感になっている現代人がいるのだろうなぁ。


今はもう内容が違うかもしれないけど
犬の家族のアニメーションの柔軟剤のCMも
お父さんの臭いをこっそり柔軟剤で消して、家族は安心、「あーよかった」みたいな感じが
いつも見ていて不快だった。


不潔にしている臭いとは違うだろうに。


お父さんの臭いは、昔からムスメに嫌われるものと相場が決まっているけど
年配の男の人特有の、そういう臭いに対して
「でもまぁ、しょうがないじゃない」という気持ちも同時にあって
「お父さん、クサイ!」といいつつ、そこには当然愛情もあったように思うんだけど

だんだん「クサイのは悪」みたいな世の中になっていくようで
寂しいような怖い様な気がする。

加齢臭なんていうものが言われだしたのも、この10年くらいなんじゃないだろうか。

自分はそういう臭いを放ちたくないとは思うし
もしもさりげなく家族に指摘されたら、ちょっといい香水とか使ってみようかなと思うけど、
世の中にあれこれ言われたくないな、そういうこと。

年を経ることで当たり前に現れてくる、抗いようのない変化に
「メイワクなので蓋してください」」と言われているようで嫌だし
いろんな意味で、古いもの、年取ったもの=汚いものみたいになっていくのは悲しい。

臭いに限らず、そういう世の中は怖いな。



…といいつつ、
我が家は中型犬が2匹(時には3匹)いるので、実は臭いはとても気になる。

まぁ、家族である私たちはいいんだけど、来客時は、ね。


で、やっぱり消臭グッズというか、臭いを分解するというスプレーみたいなものも
いろいろ使ってみた。

なるべく動物(人も含めて)の体に負担のないもので
効果のありそうなものをとりあえず定番的にストックしていて適宜お世話になっているけれど
ある程度の臭いは仕方がないな、とも思う。

そういう生き物なのだし、
そういう家族を持ったものとしてはある程度折り合うしかないもんね。
彼らの臭いも、愛しい彼らの一部なんだし。

基本的な掃除と、空気の入れ替えと、アロマポット使うくらいでいいよね?



でも「この家、くっさいなぁ」と思われるのは悲しいから
「犬がいるんで、ちょっと臭うけどゴメンナサイ」とは釈明するんだけど。


生活臭もなにもかも、ぜんぶ犬のせいにして(笑)





…などなど言いつつ、
でも決してイイにおいのするものが嫌いなわけではなく、むしろ好きです^^;


香水も、好きな香りのものはいくつか持ってるし、お気に入りの精油だってたくさんある。

そしてやっぱり、花だったり、草だったり、木だったり
自然由来のものがやっぱり心地いいような気がする。

いい香りは人をリラックスさせるし、ちゃんと効能だってあるんだろう。

自分が加齢臭を放っていると思うのはいささか辛いけど、
いい香りをまとっていると思えば楽しいしね。

寝るときに枕にいい香りを忍ばせると、気持ちよーく眠れるし。


でもそれは、やっぱり人工的な、わざとらしい香りじゃない。



自然のものから香りを抽出するのは手間がかかるけど
手間をかけずに作る香りは、安くできるんだよね、当然。


だからきっと、スーパーで数百円で売られている柔軟剤やスプレーに含まれる香りは
それなりの香りでしかないんだと思うな。


そして、そんな大安売りの匂いグッズは
香りと一緒に体によくないものもたくさん放っているんだと感じる。


そんなもの、吸い込みたくないし、
むしろそっちが、より気になってしまうのかもしれないな。
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# by happanappamama | 2013-09-22 14:56 | つれづれ | Comments(0)
台風だったんだから
台風が行ってしまった。

これで、また季節が少し前に進むんだろう。
もう9月も半ばだし、そろそろ一歩踏み出していただかねばね。

期待を込めて。
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台風が来ると、いつもいつも思うことだから
きっと今までも何度も書いているんだろうけど、

台風に、なんだかウキウキそわそわしてしまう自分がいる。


それがきちんとした大人の態度でないのは、百も承知しているけど
そして、どこにも大きな被害がありませんようにと思う気持ちは全くその通りだけど、

子どもの頃に感じた、台風の”非日常感”を思い出して気持ちが浮つくのだろうなぁと思う。



昼間なのに、バタバタと閉められる雨戸の音。

慌しく夕飯の買い物に出かける母や
懐中電灯とかろうそくとか用意しているおばあちゃんの姿。

雨戸の小窓を開けて、外を眺めている自分。

台風の目に入ったときの不気味な静けさや、生暖かい風。
灰色に鈍く光る空の色…。



そして、”停電になるかも?”っていう期待。

実際に停電になったことは多分なかったけど
「停電かもよ~、どうする、どうする??」っていうのが楽しかったんだろうなぁ。


台風が来るたびに、繰り返し繰り返し思い出されるいろいろ。



なんか、サザエさんの漫画みたい。
あんな風に、平和で、どこか滑稽な日常が、どこの家にもあったんだよなぁ。






昨夜は
「明日のお散歩どうしようかなぁ」と思いながら寝床に入ったのに
起きてみたら雨は降っていなくて、
いつもの通りに親水公園を歩いて戻ったら大粒の雨が。

朝ごはんを食べてぼんやりしているうちに眠くなり
お休みと言うのに珍しく家に居たhappaともども居間でお昼寝。

お昼前頃、寝ぼけながらゴーゴーという風の音を聞いていて
「あ、今、うちの上を通過したぞ」と思った。


多分、思い込みだけど(笑)


それでも、たった今通過したっていう感じにすごく確信があって。

しばらくしてネットのニュースを見たら
ただいま熊谷の北東を通過中という文字。

「ほーら、やっぱりあの時、ウチの上を通ったんだよ」なんて思ってうれしくなった。



いつも、天気図の上の台風しか見ていないような気がするけど
具体的に、自分の居場所とリンクさせて
自分の遥か上空を通過する台風を実感することってあんまりなかったけど
でも、確かに絶対に”誰かの家”はその真下にあるんだもんね。

寝転がっていたから余計に、だったのか、渦巻く雲と風がをしっかり感じたのだもの。


もちろん、思い込みですが(笑)。




明日からのお散歩は少し涼しく歩けるだろうか。


今夜はホットプレートで焼肉。

だって台風だったんだから、簡単に済ませたっていいんだもーん。
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# by happanappamama | 2013-09-16 18:16 | にっき | Comments(0)
枯れないように。
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ここに来るの、すごく久しぶり。

パスワードなんかも「どれだっけ?」っていう状態で
ログインするのにまごまごしたりして。


開けてみたのは、
以前使っていたyahooブログの、まだ移動していない記事を
ぜんぶこっちに移しておきたかったから。


前から少しずつやってたけど
だいたい移してしまったら、「もうあとちょっとだし」って気が抜けちゃって
その後、全然手をつけなかった。

でも、多分もう残り2~3ヶ月分くらい。

こんな風に地道にコツコツ移動しなくても、
もしかしたらあっと驚く方法があるのかもしれないねー、なんて思うけど、
アナログな私には無縁だし(笑)。




でも、そんなことをしつつ、
以前の自分の文章やいただいたコメントを読んで
クスクス笑ったり、「こんなことを思っていたのかぁ」と思ったり。




毎日毎日、いろんなことを考えるし、思うし、感じる。
くだらないことも、大事なことも、どうでもよさそうだけどどうでもよくないことも。


自分の体験や思いは、記憶として自分のどこかにとどまって
たとえ忘れてしまっても、なくなるわけではないと聞く。

どこかにストックしてある場所があるのだ、って。



でも、それってどうやって開けるのだろ?

なくなってしまうわけではないことは救いだけど、
開け方がわからないんじゃなぁ。



昔の文章を読んでいて、
こういうとこに取っておけるのっていいなーと、改めて思った。


自分の思ったことだけど、もう忘れてしまったことがたくさんあるし
だから余計に、ここは私には大事な場だなぁ、ということを再確認。


ここにいろいろ綴らなくなってから、枯れてしまいかけているのを感じる。


捨ててしまいたくない思いはもちろん、
大部分の、取るに足りないような毎日のことを、ちゃんと取っておこう。

自分に水をあげるつもりで。



それはきっと、自分を耕してくれる。

はず。
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# by happanappamama | 2013-09-11 22:37 | つれづれ | Comments(0)
つれづれ
普段の自分が考えもしないような、
未知の、難しい話を見知らぬ誰かがしているのを耳にすると、
思わず耳だけこっそり参加して自分も少し賢くなったような気になる。

他の人にはそんな風に見えなくても
”ふふふん”と普通の顔をして、
自分の内側だけで楽しんでいるこっそり活動が
実はけっこうあるような気がする。



人の心のウチは簡単じゃない。

私のようなものは特に
人には単純に見えるのだろうけれど
きっと単純な人なんていないんだろう。



楽しいこっそり活動は
気楽だし、淡々と流れていく日常に、ささやかな彩りを添えてくれる。
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# by happanappamama | 2012-11-07 23:12 | つれづれ | Comments(0)
久しぶりに、キャンプ。
すごーく久しぶりに、キャンプに行ってきた。
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南乗鞍まで、片道300km超の結構なロングドライブ。

キャンプはやっぱりいいな。
外の生活は、なんだかとても生き返る気がする。


今回は(今回も?)お天気に恵まれず
ほぼ全期間、基本は雨だったけど、
それでも自分のすぐそばに生きてる土や木や空がある日々は
ナニモノにも代え難い。


真夜中に目を覚ましたとき、
バケツをひっくり返したような…っていう形容がふさわしい程の雨が
テントに打ち付けているのを感じると
「大丈夫なのか?」って不安もよぎらないことはないけれど

そういうとき、
「あー、普段私はなんて安全な場所にいるんだろ」ということが
ひしひしとわかる。

すぐ近くに生きている自然があることで
普段、何気なく見落としている何かに、改めて気づかせてもらえるなーって
実感できる。


そういう時間は大事だ。


子どもたちが小さかった頃は、夏のキャンプといえば虫採りが欠かせなかった。

毎年必ず訪れていた福島のキャンプ場は、大型の虫がたくさんいて
happaもnappaも大喜びだったなぁ。

カミキリ虫は毎年必ず捕まえたし、カブトムシもクワガタもいた。
オニヤンマも普通に飛んでたし、カゲロウとかオオミズアオとかもいて
そんな風に虫と親しんだおかげで
nappaは林間学校に行っても「蛾がコワイ!」という女子を尻目に
「そんなのヘーキ!」って、堂々と生活出来たと思う。
(実はちょっとはコワイと思うけど^^)


捕まえた虫たちとしばし生活する間
虫たちに名前なんかもつけちゃったりして、
放してくるときはささやかに別離のさみしさがあったり。

虫だって、そこらを飛んでるその他大勢よりも
自分で名前をつけた、ほかでもないこの一匹に愛着を感じるものなんだよね。

放すときは「達者でな!」って思うもん。


私も子どもの頃参加したキャンプで
虫なんて全然怖がらない上級生の女の子に憧れたりした。

虫に遠慮しないで我が道をドシドシ歩ける人は
やっぱりカッコイイじゃない?

今も、蛾とか毛虫にいちいち「きゃ~」なんて言ってる大人の女性を見る目は
相当厳しい傾向があるかもしれない。


火熾しがちゃんとできるってことも憧れたことの一つ。
ムスメちゃんは只今修行中。
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happaも昔は「火消し屋」なんて異名を取ったけど、今はちゃんと火を熾せる。
nappaちゃんも頑張れ!



今回のキャンプ、標高が高いキャンプ場だったので
すご~く涼しくて快適だった。

朝晩はフリース着てても暑くないほど。

サイトも変に加工していなくて自然な雰囲気だったし
立木をいっぱい残してあるから、お隣りさんも全然気にならず。
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こんなふうに、ときどき絡まったロングリードをほどいてあげれば
犬たちものんびり自由に動き回れたし。


ウチのサイトの前を人が通るたびに
ばんとむー子がばうばう吠えるのには参ったけど。


ちゃんと番犬の役割を果たしていた、と好意的に考えるか
しつけがなってないと反省すべきか
難しいところ。


特にばんは、隠れビビリのところがあるから
ちょっとの物音や気配にとても敏感。

今回も、ガサガサいう葉っぱの音に驚いて
何度も横っ飛びをしていたし。

怖がらなくていいんだよって、どうやって教えてあげればいいものかな。




全部雨っていうのは、やっぱりちょっと寂しくはあるけど
雨のふらないキャンプも物足りないって、このごろ思う。

今回も、ずっと雨の予報だったからか
キャンセルがたくさん出ていたみたいだけど
雨だからってキャンセルしちゃうのはもったいない。

信頼できるカッパと長靴と、小さいスコップがあれば
雨の不快感は8割回避できると思う。

今回のキャンプでも、ずっとビーサンの人がたくさんいたけど
これだけ雨が続くと、ビーサンでは流石にいろいろ煩わしいんじゃないかと思うな。

足がいつも濡れていたら、やっぱり気になって心穏やかにいられないじゃない?
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東京に戻ってきたら、まだまだ信じられないくらいの暑さだった。

土の上で、木々に囲まれて、数日過ごすと
東京の暑さは、やっぱりコンクリートで固められた地面と林立している建物
ひしめき合うように生活している人たちの影響だということがよくわかる。
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私もそこで生活している一人なわけで、
今更後戻りが難しいのはよくわかっているけれど、
やっぱりそんな街の姿は不自然であることに変わりない。


どこまでも見渡せた空は建物に遮られて細切れになってしまって
気持ちもどこかスカっとしないしね。




今回は、もうそろそろ家族と予定が合わせられなくなってきた(合わせるつもりもない?)happa抜きで、
家族3人+2匹でのキャンプだった。
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もう少ししたら、きっとnappaも予定が合わなくなって
私たち夫婦と犬とのキャンプになっていくんだろう。

それはそれで、楽しみでもある。


でも、そうして散り散りになる前に、もう少しみんなでキャンプに行きたいな。

また空気がカラリとしてきたころ、
乗鞍は無理だとしても、富士山の麓あたりに行きましょう。

次はもう少し、晴れ間が欲しいぞ。
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# by happanappamama | 2012-08-18 13:06 | キャンプ | Comments(2)
山に行ってきたんだって。
自分が山に行ったわけじゃないのに、なんだか気持ちが山に向いてしまう日々。

つい手を伸ばしてしまうのは、毎度山系の小説。

やらなくちゃいけないことがたくさんあって
これから始まる慣れないあれこれもあって
気持ち的にはいっぱいいっぱいの最近なんだけど、
どんなものであれ、しばし山の雰囲気に触れると生き返れる気がする。

下界のもやもやが(…って、私がいるのは下界なんだけど)
頭の中だけでもキンと冴えた空気いっぱいの山にいることで、
なんだかどうでもよくなるみたいな。

心配ごとだって、なんとかなるさと思えたり。


happaが山に行ってきた。
正確に言えば、山に”連れてってもらった”んだけど。
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<撮影:青年T>



まだまだ雪の残る、新潟県は妙高山。

出発までの間、同行してくださる青年Tの指導の下
なにやら精力的に、結構なエネルギーを注いで楽しげに準備をしていたhappa兄。
冬山用の装備を借りたり、
カロリー計算をして食料を調達したり、
保険なんかにもちゃんと入っちゃったり。

で、びっくりするくらい山盛りの荷物を持って出かけて行った
5月下旬の午後11時。
青年Tがhappaを新宿で拾って、向こうまで車で乗せてってくれるんだって。

で、翌早朝から登り始めるらしく。
(おそらく、青年Tはほとんど寝ずに登山開始となったはず)

出発するとき、
「要所でちゃんとメールしてね」と言ったら
「山に行ったら、電池がなくなるからケータイの電源切っちゃう」と言う。

そうか、そうか。電波も届かないかもしれないしね。

happaの話から伺い知るところに寄れば
青年Tが一緒に行ってくれるならば、ぜんぜん心配は要らないんだけど
でも、やっぱりほんのちょっとは心配してしまうのが人の親というもの。

だって、雪山初めてなんだし。
スゴイ荷物だし。

ちょっと前、高齢ではあったけどベテランを含むパーティが
春山で遭難したニュースなどが耳に新しいし。

足手まといになってないかな、とか、そんなことも気になるじゃないか。


で、唯一の情報源だったのが青年Tのツイート。

ところが。
青年Tもなかなか呟かないんだよ。

そりゃそうだよね。

あんな荷物を背負って、重力に逆らって山を登っているんだから
いちいち呟いてなんかいられないのは
ちょっと考えればわかること。

そのときは、そんなことには思い至らず、何かというとケータイで確認。

山にいる間のツイートはたった4つ。


「妙高外輪山。前山獲ったなう」 (初日、午前11時過ぎ)
「GPS、神」 (初日、午後4時過ぎ)
「こーぜんじ池辺りで泊まります。山頂までの高度差は500くらい」 (初日、午後4時過ぎ)
「妙高獲った。2人とも元気です。いまからキムチうどん食べます。【山頂なう】」
(2日目、午前9時前)



でもね、そのポツリポツリと聞こえてくる現地からの文字が
なんだかとてもよかったな。

手に取るように様子がわかってしまったら、それはやっぱりつまらないもんね。
現地の空気は、行った人だけのものだし。

ちょっと、伝達手段がたくさんなかった頃の電報みたい。
少ない言葉にたくさんのことが詰まっているような、そんな感じ。

青年Tの呟きは、私に向けられたものじゃないけど
臨場感を持って私にもまっすぐに届く文字の繋がり。
インターネットってすごいなぁって、ツイートを見ながら思いました。

特に、最後のツイートを見たときはジーンとして、
なんとも言葉にはできない感動がグイグイ押し寄せて来て。



2人ともスゴイ!
素直に2人を尊敬します。

だって、私にはできない。
20キロの荷物を持って、ザイルで結び合ったりしながら雪山に登るなんてこと。
f0169643_2394825.jpg

<撮影:青年T>


サラリとそっけないツイートからは想像できないけど
現地ではきっといろんなことがあったんだろうと思う。

言われてみれば当たり前だけど(でも言われなければわからなかった^^;)
雪があるっていうことは、夏の登山道はどこだかわからなくなってるということ。

でも、中途半端に雪が解けているから、太い藪があちこちから出ていて
雪山なのにバキバキと藪漕ぎしなくちゃ進めない場所が続いたり。

帰ってきて話を聞いたら
「上まで行けないかと思った~」という瞬間もいっぱいあったようで。

とにかく、部外者の私もじんわり心動かされた2日間だったのでした。



happaの帰宅予定日、我が家の夕飯は冷蔵庫の残り物整理デー。

どうせ彼は夕飯を済まして帰ってくると踏んでいたので、
当然happaのご飯のことはほぼ考えていず、

残り物を調理しながら
「何時ごろ帰ってくるのかなぁ」「終電間に合う時間かなぁ」などとぼんやり思っていたら
なんと、帰ってきた!

しかもhappaを車で送ってくれた青年Tと共に!

で、当然母としては慌てて飛び出して
「夕飯、食べていってね」とお誘いした。

選りにも選ってこの日だけど!

後でジジ男に「勇気あるね」と言われたり
happaに「至上稀に見るショボイご飯でびっくりした」
と言われた夕飯が食卓に上るこの日だけど!


でも、
「夕飯が残り物で申し訳ないからお引取り願う」のと
「とんちきなご飯でもゆっくりしていただく」という選択肢があったら
私は迷わず後者を選ぶ者だ。

だってあの感動の後で、
頂上から生還した(大げさ??)2人を前にして、誘わずにいられようか!?

いろいろ話だって聞けるチャンスなのに。

ご飯の後、写真を見ながら
ルートの説明はもちろん、山でのいろいろをゆっくり聞かせていただいて
すごく面白かった。

だって、今帰ってきてホヤホヤの、今日の出来事なんだから。
ちょっと前まで、そこにいたんだから。



山の話を聞きながら、
「あー、あの中1の夏、happaを学荘に放り込んでほんとによかったな」
って思いました。

彼はほんとに、学荘と、学荘に関わる人々に
直接的にも、間接的にも育てていただいたなと思う。

夏の、たった15日間のキャンプだけど、
夏を終えても、次の夏まで、気持ちの上で学荘が細く長く続いているみたいに、
思いがけないことでその影響を感じたりする瞬間があった。
(学業系には反映されなかったけど^^;)

彼らが回りにいてくれたおかげで、
happaが道を大きく外さずに歩けているんじゃないかと思える。

中1から高3まで、学荘リーダーズと会っているのは
時間で言えば、トータルで2ヶ月半程度(中3は抜けてるから)。

6年間のウチの、たった2ヵ月半。
それなのに、育てられたって言えるキャンプはすごい。




後で
「あまりに大変すぎて、もう山に行くのこりごりとか思う?」って聞いたら
「また行く」と言う。


そうか。いいではないか!

私もそのときには、鼻歌歌いながらhappaのことは気にしない1日を送るのだ。

私が大船に乗った気でいられるように
それまでに、自分の命は自分で守れる男になってもらいましょう。
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# by happanappamama | 2012-06-06 23:05 | つれづれ | Comments(0)


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