ひびのあれこれ
by happanappamama
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新聞を理解するということ
昔、子どもの活動に関わっていたころ
活動に関連するトレーニングが年に数回あった。

スキーの技術や指導法、ロープワークとか火の管理とかの野外関連技術などの
主にスキルアップのトレーニングのほかに
半期に一度くらいのワリで「理論トレーニング」みたいなものも。


理論編は近くの教会の研修施設みたいなところを借りたりして
大抵1~2泊くらいの短い期間だったんだけど
丸一日、その時々のテーマに沿って
とにかくいろんなことを話した。

4~5人ずつのグループそれぞれに
アドバイザーみたいな形でDirとかOBとか活動に協力的な大人がついて
ひたすらヒトツのテーマを突き詰める。

結論が出るような話じゃなかったけど
自分は本当はどんなことを考えているのか?というようなことを
あんまり意識せずに大人になってきた私たちにとっては
それはすごく意義のあることだった。

ある理論トレで、私が唐突に思ったのは
「新聞に書いてあることがわからない」ということ。

最近、それをよく思い出す。

ハタチそこそこのそのころ、私の周りの世界はすごく大きくて、
その大きさに気づき始めてから
手当たり次第にいろんなことを「知りたい!」と思うようになっていたんだけど
新聞って、よくわからなかったんだよ。


子どもの頃から、割りに新聞は読んでいたけど
ちゃんと理解できるのは社会面と家庭欄とスポーツくらい。

政治、時事ネタは、ちょっと途中から俄かには参入できず
読んでも、「結局、どういうことなの?」と思っていたのだ。

世界のことにも興味があるのに、
なぜこういうことになっているのかをちゃんと理解できない。

その理論トレで「新聞がわからない。新聞を理解したい」と言ったら
なんだかとても驚かれて、
新聞とこの活動のつながりが見えない的なことを言う人もいたりしたけど
今思えば、自分の周りの小さなあれこれも
大きな目で理解したいと思っていたのだと思うのだ。

そのときの私は語彙も少なかったし
表現する訓練も出来ていなかったから、
多分自分の思いをうまく伝えることが出来なかったんだな。


なんてことをつらつらと思い出すのは
今もって、新聞が理解できないから。

日本の政治、世界とのつながり、諸外国の問題、環境のこと、
それがどう自分たちに関わっているか
パッキリと把握できていないという思いは
若かったその頃から、ずっとずっとある。

敬遠したい記事も含めて
極力読むようにしているけれど
どうも、いつも「部外者」というか「通りすがり」の感が否めない。

新聞は中道と信じていたハタチの頃とはちがって
今は、やっぱり新聞ごとにトーンや主張があることを知っているから
余計にわからなくなっちゃうんだな。


新聞、ちゃんと読めるようになって
時事ネタで議論できるようになりたいなー、などというアコガレをどこかに持ちつつ
日々の雑事に追われる40半ばのオバサンというのも
ちょっと情けないねぇ。
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by happanappamama | 2009-05-25 21:16 | きょういく
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