ひびのあれこれ
by happanappamama
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
カテゴリ:きょういく( 11 )
ホリスティックな諸々
nappaが小さい頃に酷いアトピーで。

それも、夜中に血だらけになるほどの痒みに悩まされていたのに
抗アレルギー薬を飲んで、痒み止めを始めとした塗り薬での対処には限界があって。

いろいろ調べているうちに、ごくごく自然にホリスティックな医療に出会った。

始めは漢方とアロマセラピー。

それから、バッチ・レメディーとかアーユルヴェーダ。


人によっては信用できない、というものもあるみたいだけど
今悩まされている症状から見るだけでない
体全体のことを考えるやり方は
目の前に展開していたnappaの痒みとの格闘を考えると
頷けるものばかりだった。

ここの症状を抑えることが
単に別の場所に痒みを移動させることになっただけ…だったり
nappaはなかったけれど、
アトピーを抑えたら喘息が発症してしまったり
人間の体は、そんな一筋縄でいくものじゃないんだなということを
実感しているときだったので
余計にその考え方がスッと入ってきた。

今、生活の中で出来る範囲で
東洋医学にもアロマセラピーにもアーユルヴェーダにもお世話になっているけど
改めて、昔むかしから民間療法というカタチで伝承されてきたものの
奥の深さに驚く。


最近、教育の分野でもホリスティックということが言われているのを知った。
ホリスティック(holistic)とは、包括的とかバランスとか、そんな意味があるらしいけど
語源の一つにWholeもあるみたい。

教育的な意味を考えれば、
事象だけに捉われない、もっと大きな局面から考える…っていうことだろうか。


最近知ったばかりなので、不勉強でよくわかっていないんだけど
私が医療分野のホリスティックな営みに大きく頷いたように
多くの人がこのホリスティック教育にヒカリを見出しているらしく
いろんなところで、その言葉だけは目にするようになって。

多分、根本的な考え方は医療も教育も一緒なんだろう。

端的に言えば、”一本の木だけを見るのではなく、森を見る”ということかな。

すごく興味深々。

今の子どもたちと、子どもたちを取り巻く状況を見ていて、
漠然と不安に思うことがいっぱいある。

自分の子どもの方だけを向いて、あれこれ思い悩んでいるだけでは済まないような
そんな気配がある。

一人の子どもでも、あるポイントだけをフォーカスしても
仕方がないのは当然のこと。

目先の幸せを目指して突き進んでいくような世の中にあって
包括的な目で子どもの教育を見ていくことは
難しいような気もするけれど
そういうことを真剣に考えている人たちがいるっていうことが
一筋の光明だ。


私が子どもたちに教育というものをしているとしたら(そのアタリがかなり不安だ)
‐つまり、それは日々話していることとか、させていることとか、諭していることとか
 そういう、いわゆる与えることを基盤としたいろいろじゃなくて
 単に一緒に生活していて、彼らに受け取って欲しいこと‐
なんだけど、 

うまく言えないけど、
それは、彼らが人生を終えるときに初めて
「ああ、自分の人生はいろいろあったけど、最終的にこれでよかったのだ。結局はこれが幸せなのだ」
と気づいてくれるかもしれないというくらい、頼りなく微かなもので
私がこういう風に教育したから、
アレも出来て、これも出来て、こういう風になれて、お金も稼げて、幸せ~
というものではないんだよね。

すぐに結果に結びつくものじゃない。
結果というものが見えるとしたら、果てしなく遠い未来かも?っていう類い。

あ~、頭がごちゃごちゃしてこんぐらかってキタけど。


つまり、言いたいのは
ホリスティックな教育の運動が、そこのところをもっと明らかにしてくれるんじゃないかという
期待があるわけです。

なんちゃって、全然違うことかもしれないんだけどさ。


私もちょっと、勉強してみたくなりました。

最近、ちゃんとしたことをちゃんと考えていないので
ちょっと頭を使わなければっ!
[PR]
by happanappamama | 2010-01-05 23:58 | きょういく | Comments(0)
学級崩壊?というほどではないけれど
nappaのクラスがちょっと心配。

学校公開なんかで授業の様子を見ていると
突然立ち上がって歩き出す子がいたり
勝手に保健室にいってしまう子がいたりする。

毎度の光景らしく
先生は驚く様子もない。

学校公開の数日しか見ていないから
その前後にどういう指導があったのか、その辺はわからないけど
その数日を見る限り
先生の側には諦めと、子どもの側にはどこか先生を軽んじている雰囲気が感じられる。

ふらふらと立ち上がる子は今のところ少数だけれど
その数人に引っ張られるカタチで
クラス全体の雰囲気が、どうも良くない方へ流れているみたい。

立ち上がらないまでも
後ろを向いておしゃべりしている子を先生が注意しても
ハッとしてすぐに前を向く…という感じじゃなく
ひとしきり話題が途切れるまでおしゃべりして
おもむろに前を向くという具合。

”先生に注意されたから前をむくんじゃないよ”ということを
知らしめようとしているみたいに。

クラス運営が、明らかにうまく行っていない。


そんなこんながあり、
展覧会で登校日だった先週の土曜日、保護者会があった。

先生は最近のクラスの雰囲気をどんな風に感じているのか、
そんな話題があるんじゃないかなと思ったけど
結局最後までその辺の話はなかった。


最近、学年全体の落ち着きがなくなっているということと
女子のグループが固定しつつあって、
中に女子特有のピリピリしたムードのあるグループがあって心配しているということ。

そんなこんなに注意を向けていきたいと思っていますということ。

このクラスに限定した
具体的な内容は全くなかった。



今日、nappaたちが出場した、スポーツセンター主催のドッジボール大会で
同じクラスのママたちとちょっと話したら
みんな「保護者会で、先生何も言わなかったね」というようなことを言ってて
やっぱり気になっているんだなということがわかった。

それ以外にも問題は様々あり、個人的に先生に相談していたりということもあるようだ。

授業が立ち行かなくなるということだけでなく
いじめの問題も少なからずあるみたいなので尚更心配。

決して小さなグループとか、個人対個人の問題ではなくて
全体でシェアすることが大事だと思うんだけどな。

少なくとも私個人は、先生一人の責任とか、問題とは思っていない。
多分、他の保護者たちも先生を糾弾しようと思っているわけではないと思う。

ただ、何も発言がないというのはどういうことなのか。

こんな雰囲気を憂慮してます、お時間のある方は是非学校に足を運んで
クラスの様子を見てくださいと言ってくだされば
保護者にも力になれることはたくさんあるはずだし
家庭で子どもも含めてそんなこんなを話すことが、やっぱり大事だ。

学校で起こっているから学校の問題…ということじゃないと思うし
家庭でのストレスとか問題が症状として学校で現れるということも
あるんじゃないかと思う。

足元は家庭なワケだから、
学校で起こる様々を、対症療法的に手当てしているだけでは
根本的な問題は解決しないんじゃないだろうか。


先生はなぜ発信してくれないのかな。
指導力不足を指摘されることが怖いのだろうか?
それとも、それほど大きな問題とは思っていない?

次の保護者会では発題してみようかな。
「先生、どうなってるんですか!」ってことじゃなく、
クラス全体の家庭が、自分たちの問題として話し合うことがやっぱり大事だし、
先生が困っているならば、協力できることはたくさんあるはずだ。

子育てしながら一生懸命やっている先生の姿を見ているだけに
頑張って欲しいなと思う。

あと数ヶ月で5年生だし
この問題を放置していたら5,6年生が大変なことになっちゃうんじゃないかという
危惧もある。

4年生の終わり頃には
なんとか良い兆しが見えて欲しいなぁ。
[PR]
by happanappamama | 2009-12-13 22:46 | きょういく | Comments(5)
学級閉鎖だけど
nappaのクラスも学級閉鎖になってしまった。

昨日は27人中、7人が欠席だったらしい。
nappaの小学校では、学級閉鎖をしていない最後のクラスだったそうだけど
とうとう来たか…という感じ。


今日はサッカーで、学校からのお手紙には
「なるべく外出を控えてください」という文面が。

なるべく、というのがビミョウだけど
「どうする?」と聞くと
「行く!」と言う。


そうだよねぇ。
Y'Sカップの興奮さめやらぬ今日、行きたいに決まってるよねぇ。

さて、どうするかと思ったけど
サッカーの4年生は、全員インフル罹患済みということを思い出し
じゃあ、いいか!と送り出した。

シューズが小さくなってきて、痛いと言っていたのと
サッカー用の長いジャージが欲しいと言っていたのと
ボールの皮がむけてきちゃったので
午前中、ヨーカドーに調達しに行って
全身おニューで出発。

すね宛も、ワイズカップでいただいたおニューだしね。

この間までは
サッカー、続けられるかどうか…というより
いつやめるか、という感じだったので
サッカーグッズにお金を使うのは躊躇していたんだけどね。

「ガンバロウ」と思っている気持ちにふさわしく、おニューな今日。



ところが。

途中でけっこうジャカジャカ雨が降ってきちゃって
「自転車で行ったけど、大丈夫かな」「迎えに行こうかな」
と思っているうちに帰ってきた。


おニューなモロモロがドロドロになっちゃって
寒くて冷たかったのと、新しいお気に入りたちが汚れてしまったので
切ない気持ちになっっちゃったのか
「ママ、新しい靴もジャージも、ドロドロにしちゃってごめんね」
とメソメソ泣いている。


「いいんだよー!サッカーで汚れるのは当たり前でしょ!
洗濯してキレイにしてあげるから大丈夫だよ」
と言うと明るい顔になって
「寒いからお風呂に入る」とお風呂に行った。

お風呂から出たら、毛布にくるまってソファーで寝てしまった。

いいんだよ!
またサッカー頑張ろうっていう気持ちになれてよかったね!


でも、学級閉鎖中サッカーに行って
雨に濡れて、インフルエンザになりました、
ナンテコトにならないよう
今日はあったかくして早く寝せましょう。

昼寝してるから、ムリかしら?
[PR]
by happanappamama | 2009-12-05 18:56 | きょういく | Comments(2)
教育テレビを見ていたら
午前中、なんとなくついてた教育テレビを見ていたら
陰山英男さんの「自分新聞」を作る授業の様子が放映されていた。

「自分新聞」は自分をテーマにして
クラスメイトに読ませる新聞のようだ。

ちゃんと最初から見てなかったので
何年生の教室かは定かではないんだけど
見た感じは高学年。

5年生、くらいかなぁ。

制服を着ていたし、関西弁だったので
多分、立命館小学校なんじゃないだろうか。

授業の中で、
「人に読ませる文章には何が大切か?」という質問を
子どもたちにしていたんだけど

手を上げて答える子どもたちが
「具体的に書くこと」とか、
「伝えたいことを強調して書くこと」とか、
「文章を対比させる」とか、
「技巧的な文章を使う」とか、

なんだかスゴイ答えが次々と出てくる。

陰山さんは
「一番大切なことが抜けてるよ、なんだろう?」って尚も促したけど
「見出しを工夫する」とかそんな風な答えが続き
なかなか核心に触れない。

最後に女の子が手を上げて
「おもしろいこと」と言った。

「そう!そこが一番のポイントだね」というようなことを陰山さんが言い、
みんな、「なんだ、そうか~」という顔をしていた。

けど、そこって一番最初に出てくるところじゃないのかなぁと
見ていてヤキモキしちゃった。

授業だから、難しく考えちゃったのかもしれないけど
なんだかちょっとアタマが良すぎるんじゃないだろうか?子どもたちよ。


掃除してたんだけど
掃除機のスイッチを消して
テレビを見ながら手に汗握っちゃったよ。

「おもしろいこと」って女の子が言ってくれて
やっとスッキリ掃除に戻りました。


最後まで「おもしろこと」が出ないで、結局先生が言うことになってしまっていたら
今日はちょっと家事も捗らなかったかも。

なんてね。
[PR]
by happanappamama | 2009-10-29 21:41 | きょういく | Comments(5)
新聞を理解するということ
昔、子どもの活動に関わっていたころ
活動に関連するトレーニングが年に数回あった。

スキーの技術や指導法、ロープワークとか火の管理とかの野外関連技術などの
主にスキルアップのトレーニングのほかに
半期に一度くらいのワリで「理論トレーニング」みたいなものも。


理論編は近くの教会の研修施設みたいなところを借りたりして
大抵1~2泊くらいの短い期間だったんだけど
丸一日、その時々のテーマに沿って
とにかくいろんなことを話した。

4~5人ずつのグループそれぞれに
アドバイザーみたいな形でDirとかOBとか活動に協力的な大人がついて
ひたすらヒトツのテーマを突き詰める。

結論が出るような話じゃなかったけど
自分は本当はどんなことを考えているのか?というようなことを
あんまり意識せずに大人になってきた私たちにとっては
それはすごく意義のあることだった。

ある理論トレで、私が唐突に思ったのは
「新聞に書いてあることがわからない」ということ。

最近、それをよく思い出す。

ハタチそこそこのそのころ、私の周りの世界はすごく大きくて、
その大きさに気づき始めてから
手当たり次第にいろんなことを「知りたい!」と思うようになっていたんだけど
新聞って、よくわからなかったんだよ。


子どもの頃から、割りに新聞は読んでいたけど
ちゃんと理解できるのは社会面と家庭欄とスポーツくらい。

政治、時事ネタは、ちょっと途中から俄かには参入できず
読んでも、「結局、どういうことなの?」と思っていたのだ。

世界のことにも興味があるのに、
なぜこういうことになっているのかをちゃんと理解できない。

その理論トレで「新聞がわからない。新聞を理解したい」と言ったら
なんだかとても驚かれて、
新聞とこの活動のつながりが見えない的なことを言う人もいたりしたけど
今思えば、自分の周りの小さなあれこれも
大きな目で理解したいと思っていたのだと思うのだ。

そのときの私は語彙も少なかったし
表現する訓練も出来ていなかったから、
多分自分の思いをうまく伝えることが出来なかったんだな。


なんてことをつらつらと思い出すのは
今もって、新聞が理解できないから。

日本の政治、世界とのつながり、諸外国の問題、環境のこと、
それがどう自分たちに関わっているか
パッキリと把握できていないという思いは
若かったその頃から、ずっとずっとある。

敬遠したい記事も含めて
極力読むようにしているけれど
どうも、いつも「部外者」というか「通りすがり」の感が否めない。

新聞は中道と信じていたハタチの頃とはちがって
今は、やっぱり新聞ごとにトーンや主張があることを知っているから
余計にわからなくなっちゃうんだな。


新聞、ちゃんと読めるようになって
時事ネタで議論できるようになりたいなー、などというアコガレをどこかに持ちつつ
日々の雑事に追われる40半ばのオバサンというのも
ちょっと情けないねぇ。
[PR]
by happanappamama | 2009-05-25 21:16 | きょういく | Comments(6)
宿題、宿題、宿題
夏休みが終わってしまいました。

nappaは25日から早々と。
happaも27日から始まって、もうすっかり日常モード。


夏休み、短い。

夏休みは8月31日まで、キッチリ欲しい。


それに、宿題が多すぎる!と毎年憤っているのは私だけなのだろうか?

たまに知り合いのお母さんに「宿題多いよね」って話すと
「でも、宿題はちゃんと出してもらわないと、夏休み、遊んでばっかりだからね」
という人の方が多いように思う。

私のごく近くの友だちたちは、多分違うけど。


私は宿題なんて出さないで欲しいと思うな。
夏休みは長期のお休みだからこそできることに、思う存分時間を使いたい。

ただでさえ日本の夏休みは短いんだから
その間、学校のことはすっかり忘れて
もっと愉快なことに時間を使ったっていいじゃないか。

40日くらいまったく勉強から離れて充実した時間を過ごしたら
夏休みが明けてまた学校に戻ったとき
「よ~し!やるぞ!」って新たな意欲だって湧いてくるんじゃないだろうか?

チョロチョロと頭の隅で「宿題が…」とか思いながら遊ぶから
余計に意欲がなくなっちゃうってことがきっとある、という気がする。



中学も3年になると、そんなことは言ってる場合じゃないっていうのが
大方の識者の意見なのかもしれないけど
中学最後の夏休みだからこそ
ほんとはもっと、自分の人生を見つめたり
行く道の先に思いを馳せたり
夢を語ったり…

そんなことにゆっくり時間を使ったっていいんじゃないかと思う。

あるいはダラダラと毎日過ごしていたっていい。
飽きるまでダラダラしたら、その先に何かに対する意欲が生まれてくるんじゃないかなぁ。

いつまでもただダラダラと出来るもんじゃないもん、きっと。

happaはただでさえ要領が悪いのに
ほぼ全教科に渡って結構なボリュームの宿題があるから
夏休みの間ずっと宿題を意識して生活しなくちゃならなかった。

主要5教科は
国語以外、全部50~60ページはあるワークブックを1冊まるまるやらなきゃならない。

技術は調べ学習。
家庭科は絵本作り。
美術はあれ、音楽はこれ。
そのほかに高校調べ。などなど。

もちろん、宿題をきちんとすれば
それがそのまま受験勉強になる…という意図もあるのかもしれないけど
人によって得手、不得手は違うんだし
もっと苦手なところをちゃんと学びなおしたいっていう子だっていると思うんだな。

受験生なんだし
自分の理解が足りないところを地道にコツコツ勉強する時間だって必要なのに
そんなことは全く出来なかった。

もちろん、出来る子もいるんだろう。

でもhappaは自分自身で何かを考える暇さえない、という感じだった。

夏休みもどうしても勉強させたいのなら
一人ひとりが自分で計画を立てて
それを宿題にしたっていいじゃないか!



などなど、愚痴は尽きない。
あ~~~、愚痴だね、どうも。

新聞の連載でフィンランドの学校の様子を読んでるけど
なんだかもっとずーっとおおらかだ。

小手先じゃなくて、大局を見てるという感じがする。

何かにつけて、日本のやり方はセコい!

促成栽培じゃなくて、
もっとおおらかにゆっくりした教育が出来ないものなのかなぁ。
[PR]
by happanappamama | 2008-08-29 23:10 | きょういく | Comments(2)
金銭感覚って大事です
ちょっと前の新聞に阿川佐和子が書いていた。
あれ、インタビュー記事だったかもしれないな。

安い時給のアルバイトでテレビの裏方の仕事を始めたんだけど
きっかけがあってレビの画面に出るようになったら
給料がものすごく上がったんだって。

テレビでいろんなことをしたり、文章を書いたりするようになって
自分の周りに小金が集まってきたとき
「ここらで、なにか贅沢をしよう」って思ったんだそう。

いろいろ考えて、
当時みんな持っていたブランドのバッグを買い集めたんだけど、
なんだかうれしくないどころか、
気分が重い。

どうしてだろう?と考えたら思い当たることがあった。

中学生とか高校生時代の文化祭の模擬店で
「2000円も使っちゃった!」って感じたときの後ろめたさに似ているって。



そのブランドバッグが心から欲しくて
必要としていたものなら
もしかしたらそんな風に「後ろめたさ」までは感じなかったかもしれないって思うけど
そのカンカクはなんだかとても理解できる。



自分でお給料をもらい始めて数年のころのことを思い出す。

銀座ですごくいい色の柔らかい皮のバッグを見つけて
とても気に入った。

値札は多分、3万円くらい。
ブランドバッグに比べれば桁の少ない良心的な価格。
(幸い、ブランドバックを欲しいと思ったことはないんだけど)

でも、迷いに迷った。

親元から勤めに出ている身だったから
給料はほとんど自分の自由になるものだ。

貯金だっていっぱいあった。

ところが、私にとって服飾小物に3万円ははなんだかとっても大きかった。

結局その日は買わずに帰宅して
「こんな色で、こんな皮で、形はこんなで…」なんて母に相談したりして
また翌日も見に行って、結局買ったんだけど。

すごく気に入ったものだったので「あ~、やめればよかった」っていう後悔はなかったけど
「3万円も出して買ってしまった!」っていうことに結構興奮していた記憶がある。

それまでも海外旅行やなんかには
わりとあっさり大枚はたいて来たんだけど、
投資する対象によって、その心持ちも全然違う。


でも、そういうカンカクって大事な気がする。

自分がお金をかける対象には
やっぱり「費用対効果」っていうことを考えるべきだもんね。

必要なものか、
それがなければどうにもならないものか、
長く使えるものか

いろんな角度から考えて
大事にお金を使うというのは大切なことだと思う。

ケチケチ使うというのとは違う。
必要なところにはドンとお金を使うことがもちろん必要。



のほほん、とあんまり苦労せずに大人になったような気がするけど
そのへんの金銭感覚はきちんと育てられて良かった。

それに引き換え、わが家の子どもたちは
なんだかお金の使い方を知らないような気がする。

どうやって育てればいいのだろう??
金銭感覚って。
[PR]
by happanappamama | 2008-08-14 09:52 | きょういく | Comments(4)
しあわせなこども
悲しき受験生のhappaは、早朝から模擬試験。

8時10分に会場になっている区内の高校に到着しなくちゃならないので
休みの日だというのに私も早起き。

おかげで午前中がたっぷり遊びの時間になった。

nappaとジジ男は朝ごはんのあとすぐに親水公園にキャッチボールにでかけ
私も掃除と洗濯だけ済まして合流。

私が行ったときはもうキャッチボールは終了して
二人で川に入って遊んでいるところだった。

スゴイ暑さだったけど、
二人とも水に入っているからか、それほどアツイアツイという感じでもなく
そのへんにほったらかしになっていた網とバケツを拝借して
小さい魚を追いかけてはバケツに入れていた。

親水公園の水は決してキレイなわけじゃなくて
なんとなくドブ臭くなくもないんだけど
こんな風に小さい小川が作ってあったり
すぐに水に入れるようになっていたりするので
この季節、素通りするわけには行かないのだ。

結局炎天下、3時間も水場でバシャバシャあそんで
nappaは泥だらけ。

ジジ男もそれなりに汚れて、私も足はドロドロ。

でも、久しぶりの水遊びはなんだかすごく楽しかった。

帰ってからすぐにシャワーを浴びたので
カラダも涼しくなったし。


水場で遊んでるとき、
何組かの父子が水場の近くにやってきたけど
水に入ってたのはほんの数組。

網を持って何かを取りに来ているお父さんと息子も
岸辺から網をバシャバシャするだけだったし、
水にはいっているわが家の女子のすぐそばで
「ココの水は汚いから、絶対入っちゃダメだよ!」と小学生の息子に諭すお父さんもいた。

2歳くらいの子の手を引いてきたお父さんは
その子が水場に近づきたがるのを制止して
「お水に入るとサンダルがドロドロになって、気持ち悪いでしょ!だからダメだよ」と言っていた。

nappaも小さい頃、
アトピーが酷かったときは
あんまりキレイじゃない水に入れるのに抵抗があった。

すぐ赤くなって、痒くなっちゃうから。

でも、なるべくやりたいことは制限しないでやらせてあげたいっていう気持ちはあって
キタナイ水に入りたがっても
泥んこで遊びたがっても
帰ったらすぐにお風呂でサブザブ洗ったりっていう工夫をすることで
けっこう乗り切れた。

それでも赤くなって、痒くなっちゃうこともあって
親としては、
「本人がやりたいからといって
 夜中に掻きむしっちゃうようなことになるのをさせるのは
 やっぱりよくないんだろうか」
「"やりたいことをやらせてあげたい"という自分の子育てに
 自己満足してるだけなのかな」

とか、そんなに毎回真剣に悩んだわけじゃないけど
ちょっと考えることもあった。

今思うのは、やっぱり野放図にいろいろやらせておいてよかったな、ということ。

アトピーが軽くなったから言える、というのもあるかもしれないけどね。

(まあ、「やりたい、やりたい」っていうのを
 諦めさせるエネルギーは相当なものなので
 それが面倒くさかった、ということもある。)

年齢が小さければ小さいほど
自分の楽しみに忠実に、容赦ない遊び方が出来るんだもん。

それを制限しちゃったら、なんだかもったいないような気がする。

だって、少し大きくなると
やっぱり服を汚すこととか、なんやかや
それなりに気にするようになるものなんだよ。

どうしたって。

それが成長というものでもある。

でも、小さいときはそんなことに気を取られずに
思いっきり遊ぶことができるんだよね。



夜中に何度も起こされた「バリバリ」と皮膚を引っかく音はいまだに耳に残っているけど
今思うとほんの一時のことだった。

過ぎてしまえば、あの酷かったアトピーさえ
そんなに思いつめることでもなかった。


今日の親子も、もしかしたらそんな事情があるかもしれないんだけど
お水に入りたがってた小さい子どもが
おとうさんに「サンダルが汚れてキモチワルイからダメ」と言われてあげていた無念の声は
やっぱりかわいそうだったな。


その父子を見ていて、このあいだ読んだ元リーダーのCぇ○ーのブログを思い出した。

親子で泥んこになって遊ぶ様子はなんだか読んでいてうれしい。
泥んこになっちゃうとあとが大変だったり
まわりも被害甚大だったりするんだけど
やっぱりそこのところはまわりの大人が工夫することで
どうにでもなるんだよね。

すごーく体の弱い子どももいるから、
わが家のモノサシでなにもかも計ることはできないんだけれど。


ただ、
どろどろになって泥団子をこねたり、
雨の後の水溜りにはサンダルで出かけたり、
みずたまりの水をバチャバチャはねかして遊ぶことを許容されている
彼女の小さいご子息は幸せそうだ。

最近、読んでてものすご~く癒されています。
[PR]
by happanappamama | 2008-07-13 20:59 | きょういく | Comments(5)
いいお母さん
久しぶりに汐見稔幸さんの本を読んだ。

図書館にリクエストした本を取りに行ったついでに
館内で本を物色していたときに、たまたま目に付いて
しばらく椅子に座ってパラパラと読んでいたけど
やっぱりゆっくり読みたくなって借りてきた。

最近あんまり読むことのなくなった、子育てもの。

みんなそうなのか、どうなのかわからないけど
私が本を選ぶとき、
どうしても自分が共感したいトーンを持っているものを選んでしまう。

そういう本が、やっぱり心地よく感じてしまうのは仕方ない。
肌合いの全く違うものだと、
心の中に「反論」が湧きあがって来て、疲れる。

根本的に考え方が全く違う人の本は、
怒りさえ込み上げてきて沸騰してしまいがち。

ま、世の中を知る上では、それもまた大事かも。
(最近よくテレビに出てくる精神科医の本は、もうなんだか怒りまくり!そのハナシは後日)

その点、この方の本は、子どもを見る視線が温かくて
穏やかな気持ちで読むことが出来る。

温かいだけじゃなく、至極全うに子どもを見ている。と思う。

子どもを子どもとしてみている。というのか、
オトナコドモとして見ていたり、必要以上に子ども扱いしていないところに共感する。

淡々と、子育ての心構えみたいなものを述べているだけの
よくあるタイプのジャンルなんだけれど
図書館の帰りにケーキとお茶で休憩しながら読んでいたら
なんだか泣けてきた。

「こうありたい」と思う親像みたいなものが書いてあって
ことさら目新しいことを言っている本ではなかったんだけど
私は二人にとってどういう母なのか、とか
自分はこのままではいけないんじゃないか、とか、
自分が子育ての中で大事にしたいことって何なのか、とか
いろんなことがアタマをぐるぐる渦巻き、
「しっかりしろよ!自分」という気持ちになった。

私は最近、いいお母さんじゃない。
なにが”いいお母さん”かは曖昧だけど
どういうのが”いいお母さん”なのかを端的に言うことは出来ない、というか
そんな理想像みたいなものがあるカタチとして存在するとは思えないけど
”いいお母さんじゃない”っていうところに関しては
もう少し言葉になりやすいんじゃないかしら?

そして、私は最近、そんな母なんじゃないか・・・なんていうことを思っている。

汐見先生の本を読んで、
もう少し肩の力を抜いて、二人が生まれたときのような新鮮な気持ちで
子どもたちと付き合っていこう、と思った。

一緒に喜んで、一緒に泣いて、一緒に笑って、一緒に驚いて
そんな当たり前のことをいっぱいしていこう。

私は最近、ちょっとエラくなってました。

偉くないのに。






コメント(10)


いい親かどうかは子どもが答えを出しますね。
私たちがそうであったように・・・・。

私は仕事&やりたいことにのめり込む我が儘で
決していい親ではありませんでしたが
一度だけ たった一度だけ
「お父さんの子でよかった」と言われた時は
涙が止まりませんでした。

2007/10/1(月) 午前 0:07 [テンション]



子どもたちは寛容で、愛をもって親を見てくれますよね。
多分、家庭の数だけ、いい親像はあるんだなと思います。

そんな子どもたちには、感謝しかありません。
子どもたちのほうがよっぽどエライです!

2007/10/1(月) 午前 0:24 [ happanappa ]



汐見さんは、以前研修でお話を聞いたことがあります。
すごく優しい目をした方でした。
happanappaさんは、私からみたらすごくいいお母さんです。
世の中偉そうな人なんてたくさんいます。
S尻Eりかとか、なんであんなに偉そうなんですかね!

2007/10/1(月) 午前 11:32 [ chi*s*ke_k1*7* ]



いやいや、お母さんはえらい!

2007/10/1(月) 午後 9:57 [子連れ登山]



ちいちゃん。
nappaが入園する直前の”虹”の講演会も汐見先生がいらっしゃいましたよね。聞きたかったなぁ~!

S尻Eりか!エラソーですよね~!
このコメント読んで、しばらく笑いが止まりませんでしたよ~。

最後の一行で一発食らわされました。

2007/10/1(月) 午後 10:14 [ はっぱなっぱ ]



子連れさん。

エラソーなだけで、偉くないんですよ~。
いえいえ、世のおかあさんは偉いんですけど、私はちょっと世のお母さんとは違うような・・・??

2007/10/1(月) 午後 10:16 [ はっぱなっぱ ]



はなこさんがお母さんだったら伸び伸び成長できそう。
友達でいる今も、はなこさんの軌道をはずれないでいたら(私、惑星ね)キチンと生きていけそうな気がする。自分で思ってるよりずっと素敵で偉い人だよ。

2007/10/3(水) 午後 9:35 [ あおぞら ]



そんなこと言われるとうれしいけど困っちゃう。

最近反省してるんだけど、私は結構傍若無人なのだよ~。
きゃ~!!認めたくないけど、そうなのよ。

知られざる家庭内の真実。

2007/10/3(水) 午後 10:35 [ はっぱなっぱ ]



それも悪くないんじゃない?私も自分のこと「よいお母さん」だなんて思ったことないし、実際そうじゃない。よいお母さんの傍らで育つのは窮屈なかんじ。我が子にはしょうがない私を簡単に踏み越えてドシドシ歩んで行って欲しいです。

2007/10/3(水) 午後 10:59 [ あおぞら ]



そうだね。子どもたちには「しょうがねぇな~」と許容してもらいつつ、折に触れて反省もし、そういう私を踏み台にしてドシドシ行ってもらえたら理想だね。ドシドシ。いいねぇ~、その響き。

2007/10/4(木) 午前 9:33 [ はっぱなっぱ ]
[PR]
by happanappamama | 2007-08-30 22:42 | きょういく | Comments(0)
生きていく力
今月は夜、PTAカンケーの会合に出席する機会がたくさんあって、
ちょっと大変。

でも、先週行った青少年を薬物の危険から守るという趣旨の講演会も
行ってみたらなかなか良いお話だったし、
こういう風に「行かねばならない!」状況にならないと
なかなか聞きには行けないから、よかったかも。

今日は夜7時より、「地域交流会」というのに行ってきた。

地域で子どもたちの安全を守っていきましょうという活動をしている「地区対策協議会」という
地域の人と周辺の学校関係者の協力組織が主宰のシンポジウム。

今日のテーマは「食育」で、参加している人たちのご家庭で
食の安全について気をつけていることなどを中心に、
いろんなオハナシを聞いた。

食の安全に関するシンポジウムなので、
食に関して日頃から意識の高い人が集まるのか、
「なるほど」と思うことがたくさんあったんだけど、

ひとつとてもココロに残ったのは
私たちの分団で司会をされていた地区対の方が紹介してくれた本で

タイトルはわかんないんだけど、
世界のいろんな国々で、食べるということに関してどんな教育が行われているかということを
紹介した本の中の、
北欧(多分、スウェーデンだったと思う)で行われているもの。

「3歳の子どもに字を教えるより、自分の食べ物を調理できるようにしましょう」というもの。

北欧ってすごい。

具体的に何が??と言われるとちょっとわかんないんだけど、
日本の何歩も先に行ってるなぁ~と思うことがたくさんある。

北欧のその教育が、国を挙げてのものなのか、
それともある地方とか、ある学校とか、限定された地域の取り組みなのかはわからないけど

今の日本の、
子どもに、早期に知的な教育を与えよう与えようとする風潮を
なにか恐ろしいと感じてしまう私には
「スカッとさわやか!コカコーラ」じゃないけれど
気持ちよく腑に落ちる感じがしたのだ。

将来の為っていうフレーズを良く聞くんだけれど
子どもたちは今を生きるべきだ。

今がいつも将来の準備のために存在しているような、そんな日常はおかしい。

日本の若いお母さんたちの多くが、
自分の子どもたちの「豊かな老後」を見ているようで
なんだか怖い。
自分の子どもだけの「豊かな老後」と言ってもいいかもしれない。

豊かな・・に、人間的な豊かさも含まれていないとは言わないけど
経済的な豊かさに主眼が置かれているような気がしてならない。

経済的に安定した、豊かな生活。そのためにある今。みたいな。

今を生きることと、将来に備えることは矛盾しないと言い切る人もいるけど
そうなのかもしれないけど、
「豊かな老後」に向かう子どもたちの今が豊かであることはむずかしいような気もする。

子育てをしているとバランスがとても難しい。

「勝ち組」「負け組」なんて言葉を聞くと(大嫌いな言葉だけど)
将来に備えなきゃいけないのかな、という気も、もちろんする。
自分の子どもだけなんの準備もさせないというのは、やっぱり怖い。
備えることが悪じゃない、とも思うけど、
うまく言えないけど、大事なのは今を生きることだ。

生きていくまるごとの自分自身が大事なんだ。
生きていく力をどう向上させていくのか。

大事なそこのところだけちゃんと育ってくれれば、あとは勝手に伸びて行っておくれ。
それでいい、と思いたい。






コメント(8)


ものすごーく伝わってくるものがありました。
本当に、今の日本の子どもたちってかわいそう。
生きていく力は、他の国よりも、貧しい国の子どもたちよりも
ないんじゃないでしょうか。
北欧には、日本が学ぶべきものがたくさんあると思います。
日本よりも、学習時間は少ないけど、学力は上なんですよね。
知識だけじゃない、もっと大切なことを教わっているんじゃないでしょうか。
そういうところを、もっと見習えばいいのに、と思います。

2007/7/11(水) 午後 5:25 [ chi*s*ke_k1*7* ]



しみよです。
地方都市で育ちました。野山で勝手に遊びほうけた。
現在の状況で自分の子を見ると
水槽で飼うハムスターみたいな怖さを感じます。

北欧の考え方は根底からして違う。
社会保障や男女の平等性、性教育の部分で日本と雲泥の差があります。社会が大事にしていることが違う。


その代わり税金がものすごく高かったり、
もちろん色々良いばかりでないのですが。
多分顧客満足度をあげるより、家庭の充実を取るからあえて24時間営業の店を増やさないとかね。
単純には比較できない背景はあるけよね。

成績より、生きる力は確かに大事。

でも見習うとはどうしたらよいのだろうね。

2007/7/11(水) 午後 8:42 [ sus**mizu9* ]



ちいちゃん。共感してくれる人がいて、うれしいな♪
ホントに、もっと根本的な力が育つ教育って出来ないものかなぁと思います。
みんながそっちを向くと自分もそっちを向きたくなっちゃう国民性っていうのがあるしね。日本人。
どうも手っ取り早く形になる(表面だけでも)方法を選択しがちなところが
ありますよね。国も、国民も。

2007/7/12(木) 午前 6:54 [ はっぱなっぱ ]



しみよさん。
重量級のコメント、ありがとう♪
そう、単純に比較することは出来ないけど、取り入れられるところはあるはずだよね。
これはどうも、国がそっちを目指していないって言うことなんじゃないのかな。
親たちも、みんながそこを目指すのでなければ、自分ひとりがそっちに向かって歩いていくということは
出来ないんだと思う。
個人的に見習うしかないのかなぁ~?

2007/7/12(木) 午前 6:56 [ はっぱなっぱ ]



何に
どこに
どのように
スポットをあてて
国がなりたっているのか・・・・の違いのように感じます。


お金を儲けるなら
規制緩和で
なんでもアリに
スポットがあたっているようでは
まだまだ数歩も数十歩も遅れそうです。

2007/7/14(土) 午後 6:16 [テンション]



テンションさん。
そうかもしれないですね。
決して歴史の浅い国じゃないのに、どういうことなんでしょう?

2007/7/15(日) 午後 0:08 [ はっぱなっぱ ]



今夜の情熱大陸
観ましたか。
アレックス・カーという外国人によって
徳島県祖谷谷の古民家が守られているのです。
彼は「京都は死んだ」と言い切りました。
情けなくて
情けなくて・・・・・。

2007/7/15(日) 午後 11:44 [テンション]



残念ながら見ていません。
外国人が守らなければならない日本文化って、なんなんでしょうね??

2007/7/16(月) 午後 11:25 [ happanappamama ]
[PR]
by happanappamama | 2007-07-10 23:54 | きょういく | Comments(0)


カテゴリ
最新の記事
見えているもの、いないもの。
at 2015-07-20 21:08
アンのこと
at 2014-06-01 15:46
J.D.サリンジャー様
at 2013-10-13 16:28
距離
at 2013-09-23 10:48
匂いと臭いのまわりのあれこれ。
at 2013-09-22 14:56
記事ランキング
Twitter
最新のコメント
のりまきさま。 お..
by はなこ at 13:58
あ~とてもいいお話でした..
by のりまき at 21:47
亜寿多妃さま。 う..
by はっぱなっぱ at 09:47
今年もよろしくお願いしま..
by 亜寿多妃 at 14:28
お~~~~、センセー♪ ..
by はっぱなっぱ at 22:27
お久しぶりでございます。..
by 亜寿多妃 at 17:57
boubouさん。 ..
by happanappamama at 22:08
上橋菜穂子さんのファンタ..
by boubou at 12:28
コメントありがとうござい..
by happanappamama at 22:48
え!わからないような、難..
by はっぱなっぱ at 16:12
画像一覧
お気に入りブログ
外部リンク
メモ帳
いまのとここっちにメインの日記があります♪

検索
その他のジャンル
ブログジャンル