ひびのあれこれ
by happanappamama
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カテゴリ:ほん( 39 )
娘さん~よく聞~けよ♪
タイトルはなんていうのか知らないんだけど、
子どものころ、父とお風呂に入るとよく歌ってたうた。

♪娘さん~よく聞~けよ
 山男にゃ惚れるなよ~
 山で吹かれりゃよ~
 若後家さんだよ~ ♪ 

小さい頃はイミも分からず一緒に声を張り上げて歌った。
山男というフレーズは、どこか雪男のイメージ。
ワカゴケさんというのは、全くイミ不明。

少し大きくなって、歌の意味が気になりだし
「どういう意味?」って聞いたら
なんと山男は雪男ではなく、山登りをする人だって言うじゃないの!

「なんで山登りをする人に惚れちゃだめなの?」と聞いたら
「遭難したら、若くしてミボージンになっちゃうからだよ」

「ふ~ん」

そのときはきっと、それ以上の説明はなかったんじゃないかな。
聞きたかった答えはハッキリとは理解できなかった、
・・・というか、その時「腑に落ちた」感覚はしなかったように記憶している。

なぜ、山登りで死んでしまうのか???

クエスチョンマークは消えずに残った。

だって、山登りってその当時の私のイメージでは
チロリアンハットを被り、ニッカボッカを履き
青空広がる頂上で「ヤッホ~!」と叫んでしまうような楽しいもの。

大きくなるにつれ、海外の山を次々登頂成功する日本人のニュースを目にして
山には雪があるのだ。ということを知り
「山男」は雪山登山をする人なのだ、ということを知るんだけど。

最近読了した『孤高の人』。

「単独行の加藤文太郎」と言われた実在の方(本名です)をモデルにした小説。

まだ、登山が暇とお金のある一部の限られた人の贅沢な遊びだった頃、
一般の人にも登山ができるとうことを身をもって証明した人。

まあ、当人には一般人にもできるとういうことを証明しようなどという意図はさらさらなく
山の魅力にハマって、とにかく山に行くために全精力を傾けた、ということなんだけれど。

日本登山の黎明期、
山に登るには案内人を雇って、その案内人に荷物を背負わせて空身で登るのが
そのころのスタイルだったよう。

彼は自分ひとりで携行する食糧や装備を工夫して、
お金をかけた装備とは無縁の格好で山に入っていく。
地下足袋で登って「山の専門家」に無謀と中傷されたり笑われたり。

彼が雪山の魅力に嵌っていく過程に、私もグイグイ引きずり込まれた。

だからって、私も雪山に登れるとはとても思えないけれど
nappaにも「山男にゃ惚れるなよ」とチラッと考えてしまうけど
危険な雪山に単独で挑むという主人公の心情は
平地で生きる私にも共感できるものが多々あったし、
ものすごく魅力的な人物像に、
これは近くにこんな人がいたら惚れないわけにはいかないな、と思いました。

nappaには「惚れるなよ」と思いつつ
こういう人の魅力もわからないような女になるな!と思ったり。

読み終わってこんなに泣いたのも、久しぶりです。

今までいちばん泣いた本は『壬生義士伝』
読みながら、タオル3本分は絞れるくらい泣きました。
ほんとに「おーいおいおい」という感じ。

この本は、タオル3本分の号泣とまではいかなかったけど、
読後30分くらいはハラハラと涙がこぼれ落ちるという感じ。
ときどき「く~」っと声が出たり。

さめざめと泣いていてnappaと目が合うと

「別に子どもの前で泣いたからって、恥ずかしがらなくてもいいんだよ」

などとへんな慰め方をされました。

泣いたけど、泣くという行為はいいストレス解消にもなるから
サメザメと泣いた後はさわやかな清々しい気持ち。

またまた山本(ヤマボン、やまもとじゃないよ)が読みたくなっちゃいました!






コメント(4)


そういう意味の歌だったのですか~初めて知りました^^

2007/5/28(月) 午前 2:11 [むとぅママ]



むとぅままさん。そうなんです!こどもにはワカゴケさんとか、わかんないですよね~。あんまり後家さんという言葉も、もう使われないし。

2007/5/28(月) 午後 10:55 [ はっぱなっぱ ]



私たち(山屋)は、彼のことを親しみを込めて加文(かとぶん)と呼びます。
私も彼にあこがれて北鎌尾根から西穂高までを単独で縦走しました。
ただし夏場ですがね。
でも、北鎌尾根を一人でたどりながら加文が最後にうずくまってしまったのはどこだろうなんてふと思ってしまいました。
「壬生義士伝」の映画は観ましたか。

2007/6/3(日) 午後 2:01 [テンション]



知る人ぞ知る方なんですね。冬山に一人で臨む気持ちは簡単には理解できませんが、自分を信じきれるところに感嘆します。「壬生義士伝」はたまたま映画をテレビで放映していた時に見ましたが、原作には比ぶべくもありませんでした。原作を読んでいなければ、また別の見方が出来たかもしれません。

2007/6/4(月) 午後 1:22 [ はっぱなっぱ ]
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by happanappamama | 2007-05-27 23:00 | ほん | Comments(0)
山岳小説
山は

昔から日本人の暮らしの中にあったわけだし
山があれば、登る人もいるだろう・・・くらいに
ぼんやり思っていた。

でも、改めて考えてみれば、
生活に必要ならば山に入ることはあったとしても
生活それ自体と離れて
ただ「山に登ろう」ということはしてこなかったんだよね、
ということをきちんと意識したのはこの3日くらいです。

達成感を得るためにとか、景色を堪能するためにとか
純粋に楽しむ目的で山に登ることが一般的になるのは
ごく最近のことなのだ。

行ったところで、生活の足しになるわけじゃない頂上に
ただ登るなんていう余裕は
当時の日本人にはなかったのだ。

知らなかった!(私だけ??)

ぼんやりと
どの山にだって、頂上に行く道はあるのだ・・・と
なんの根拠もなくそんな気がしてたけど
登山道なんていうものがあるのは
山に登ろうという人がいるからなんだし
それは本当にここ最近整備されたに過ぎないんだな
ということを改めて知りました。

そんなこんなを思ったのは
新田次郎の『剣岳 点の記』を読んだから。
とてもよい本でした。

明治後期に、地図作成を管轄していた陸軍の命を受けて
剣岳に測量の基準点となる三角点を設置した
柴崎芳太郎さんという実在の方をモデルにした小説。

当時剣岳は人跡未踏の山で
信仰上の理由から「登ってはいけない山」と言われていたし、
登ろうとしても険しすぎて登れないと言われていた山だそう。
頂上近くまで行っても、だれもが岩壁に阻まれて登れなかった山。
弘法大師をして、草鞋三千足を費やしても登れなかった山と言われていたんだって。

まず、登れない山があるというのがオドロキだったのだ。
山なんて頑張れば登れるくらい思っていた私に
「そうか、よく考えてみたらもともと山に道なんて付いてるわけはないのだ」
という当たり前なことに気づかせてくれた。

地図だって当たり前にある世の中で、
何もないところから地図を作った人たちの苦労に、
私はいままで全く無頓着だった。
地図だって、なんとなく自然に出来てきたわけじゃないのだ!という事実。

測量するために半年も山の中にいて
お天気とカクトウしつつ道なき道を歩いて、
機材を運んで、測量の基準点を設置して、測量して・・・と、
そこには、のほほんと生活している私には想像を絶する苦労が。

今みたいに、ちゃんとした靴も、ゴアテックスみたいな素材も全くなかった時代。
山用のコンパクトな鍋釜、燃料、なんにもない。
テントだって暴風雨の中ではひっきりなしに雨がしみてくるようなシロモノ。
もちろん重い。
地図だってないんだよ!自分たちが作ってる最中なんだから。

そこに描かれる実在の主人公と、苦労を共にする助手、
ガイドとして一緒に山に入り、この人なくして・・・というほどに
いろんな事に心を砕いて柴崎さんを助ける現地の人たち。

今も剣岳に向かう途中に
そのときのガイドを勤めた宇治長次郎さんの名前をとって
長次郎谷というところがあるそうで、
そんな記述を読むと、ああ、よかったなぁ~と思う。

その長次郎さんはとても魅力的な人で
その後山岳ガイドとして名を馳せた人だそう。
きっと昔はこういう朴訥で、真面目で、魅力的な日本人がたくさんいたんだろう、と思える。

山岳小説はあまりたくさん読んでいないけど、
読んだものはそれぞれ「読んでよかった」というさわやかな読後感が残る。

はじめて山岳小説を意識したのはハタチくらいのころ。
そのころサッカーのDirをしていたEさんと本の話をしていたとき
『アラスカ物語』が面白かったという話を聞いて
Eさんにアコガレの気持ちを抱いていた私としては
「読まねば!!」と鼻息荒く読んだのです。

『アラスカ物語』は山岳小説じゃないんだけど、
とても面白かったので、新田次郎モノを読むようになり
小説の中の山に魅力を感じて、「山岳小説」という括りが存在することを意識したのだ。

その後しばらくその手の本は読まなかったけど
かなりしてから井上靖の『氷壁』を読んで、その面白さにびっくり。
井上靖の文章はとても好きで、小説もいくつか読んでいたけど
歴史小説ばかりで井上靖の現代モノを読むのは
子どもの頃読んだ『しろばんば』を除けば、そのときがはじめて。
『氷壁』はお勧めです。

ここ1~2年で読んだ『クライマーズハイ』とか『沈まぬ太陽』なんかは
山岳小説という風には括れないけれど、
どちらも山が物語に絡んできて、山の風景とか空気みたいなものを感じられるし、
物語の展開がスピーディで、息もつかずに読みました。

自然を相手にする人の話は良い。
読んでいて清々しい。

小説読んだのは久しぶりだったけど、『剣岳』に続いて今『孤高の人』読んでます。
まだ最初のほう。でも、面白くなりそう~!

『剣岳』は一冊で、「あ~、もう終わってしまう~」という感じだったので
上下、2冊あるのもうれしいところです。






コメント(8)


先日日経に載ってた野口さんの手記には、エベレストで8000mを越えると、あちこち、たくさんの遺体が、新しいのから古いのまで凍結して残ってる…とのこと。エベレストに登る人は特別な冒険家なのだろうけど、今普通にある地図だって、食べ物だって、薬だって、かつて多くの人の冒険や挑戦の賜物なんだよね。

2007/5/22(火) 午後 10:57 [ あおぞら ]



野口さんは日経に連載を持ってるの?
今の私たちの生活を支えている多くのものが、先人の努力の結晶なんだよねぇ。
いろんなものにドラマがあって、面白いね。

2007/5/23(水) 午前 1:11 [ はっぱなっぱ ]



えっ♪私も井上靖さん好きなんです。『しろばんば』とか『北の海』とか。『氷壁』はまだ読んだことないので、今度時間みつけて読んでみますね。

2007/5/24(木) 午後 9:35 [ boubou ]

そうですか~♪あんまり井上靖が好きっていう人、周りにいないので嬉しいです。
私は「天平の甍」と「楼蘭」がものすごく好きです。
この人の文章、無駄がなくて一見硬い文章のように感じるけど、染み透るように胸に入ってきてスゴイと思います!

2007/5/24(木) 午後 10:25 [ はっぱなっぱ ]



私もトラックバックしたことが無かったので試させてもらいました。やり方は『この記事にトラックバックする』をクリックしたあと投稿画面になると思いますが、その画面のトラックバック先のURLをコピーして貼り付けたい記事に修正でトラックバック先URLにペーストしたら出来ます。(他の方法もあるかも知れませんが…。)

2007/5/24(木) 午後 11:09 [子連れ登山]



子連れさん!手取り足取り、ありがとうございます♪明日トライしてみます!

2007/5/24(木) 午後 11:36 [ はっぱなっぱ ]



もし孤高の人が読後よかったら、同じく新田次郎の銀嶺の人、栄光の岩壁もお勧めですよ。
(時代は前後しますが一応この3作を筆者は3部作にしています)

2007/6/22(金) 午前 6:38 [ inoueam ]



inoueamさん。「孤高の人」よかったです!
三部作なんですね、読んでみます♪

2007/6/22(金) 午後 4:13 [ happanappamama ]
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by happanappamama | 2007-05-22 22:34 | ほん | Comments(0)
国語の教科書様
国語の教科書にはお世話になったんだなぁ、と思う。
知らず知らずのうちに。

授業でやっているときはそう気になる作品じゃなくても
あとで振り返ると
「ああ、あの文章、よかったなぁ」とか
「あのおはなし、好きだったなぁ」とか思う。

小学校の教科書ですごく好きだったのは
低学年のときの『赤いろうそく』
4年生くらいのときに読んだ『花とひみつ』

『花とひみつ』は
「ハナコちゃんは花がすきだった。・・・」っていう文章で始まったような記憶がある。
花の好きなハナコちゃんが、
「モグラが花の世話をしてくれたらなぁ」と考えて
モグラがせっせと働いて花いっぱいの世界になるところを想像して絵を描いたら
それが風で巻き上げられて、
秘密の島にある、秘密の国の秘密の研究所へ飛んでっちゃう。
それを博士たちが本国からの指令と勘違いして、モグラロボットを作り出し・・・

というお話。

高校生のとき、友だちとその『花とひみつ』について話していたら
「その話、星新一が書いたんだよ!」って教えられてびっくりした覚えが!
で、早速文庫本を買って読み返したたら、やっぱり面白かった。

6年生の教科書に載ってた『カルガンの星の歌』というお話も良かった。
お話、というよりはエッセイなのかな。紀行文。紀行エッセイ。
モンゴルを旅した話。

挿絵もなんとなく草原とか、モンゴルの国の広々とした感じがよく出てて
とても良かった。

その中で筆者がどこかの城壁のようなところに座って
狼の遠吠えを聞きつつ星空を眺めるシーンがあって、
授業のとき先生が
「このひとが座っているところは万里の長城ですね」って言ったんだけど
万里の長城を知らなかった私は、教科書の隅に
なんだかよくわからないながらも「ばんりの頂上」とメモした。
かなり後になってから
「あ~、あの時のアレは万里の長城だったのだ!」と腑に落ちて
スッキリしたような思い出が。

ネットで調べたら佐々木望さんという人の書いたものだということはわかったけど、
今本になって読めるものはないみたい。
残念。

前にブログでも書いたけど、
高校の現国の教科書に載ってた薬師寺の飛天にまつわる話も
とてもよかった。

多分教科書でなければ、その頃の私が読むことはなかったろうと思う。

何の先入観もなく、構えもなく、
高村光太郎とか、三好達治とか、石垣りんとか、
八木重吉とか、萩原朔太郎とか、詩もたくさん読んだし、
短歌も、俳句も、漢詩も、
断片的に覚えてるものも含めたら、もっとたくさん、たくさん。

「教科書」というものにギュッと濃縮されていたからこそ
まだ感受性の瑞々しかったごくごく若い頃に次から次へと出会えた文章たち、言葉たち。

そこから広がっていった私の世界がちゃんとある。

そう考えると、国語の教科書はスゴイ!

小さい子どもも、一方的に強制的に与えられる教科書だから、
歴史教科書の問題のように、
大人は見るとこをちゃんと見てなきゃいけないな、と思うけど
国語の教科書は豊なものであってほしい。

若いとき本を読まなくたって、国語の教科書で蓄えられるものがきっとあるもん。
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by happanappamama | 2007-03-15 17:04 | ほん | Comments(15)
会えてよかった!『デルスー・ウザーラ』
なんだかよくわからないものが好きなのかなぁ、と思う。

ハッキリ、すっぱり割り切れるもの、がきらいなわけじゃ決してないけど
「これってどういうことだったんだろう?」と考えるのがとても好き。

いろんな雑事を片付けて、そういうあれこれをぼんやり考える時間を
心待ちにしている自分がいる。
食器洗ったりしながら、ムフフ、などと笑いもこみ上げてくる。

よくわからないから、でもたしかにそこにあった事実だから
歴史が好きなのだ。きっと。

私は単に、誰かが調査したり研究したりした結果を時々垣間見て
「ふ~ん」とか「なるほど」と思っているに過ぎないけど
少しずつ糸がほどけるように浮かび上がってくるあれこれに
時間の不思議を感じながらぼんやり思いを馳せる時間は
なんてシアワセか、と思う。

ずいぶん前に「いいよ」と勧められて
あおぞらちゃんからお借りした(サメ男氏の所有らしい)『デルスー・ウザーラ』。
ほんの最近(といっても日本で言えば明治の終わりくらい?)のころの
実在した人物にまつわるエピソードを、デフォルメするでなく淡々と書いている。
記録本。

著者はアルセーニエフという
ロシア軍から派遣されて東方シベリアの探査に出かけた人物。
軍人だね。
タイトルにもなっている”デルスー・ウザーラ”というその人は
アルセーニエフのガイド役として
その探査で大きな役割を果たした人。

シベリアの少数民族の出身で、
若いときから(というか小さいときから?)ひとりでシベリアの山に入って、
狩をして暮らしている人物。

この人がスゴイ。
・・・などと軽くは言えない感じ。

ちょっと眠くなってきたのではしょるけど、
自然と共に生きるっていうのはこういうことか、と思わされる。

現代人、特に、東京なんかに住んじゃってるヒトビトは全く失ってしまった
この地上で生きる人にはきっと等しく与えられていたであろう感覚や
厳しい自然を生きる知恵には圧倒される。
びっくり。

生きてるうちに出会えてよかった、と思った本のひとつ。

今の日本にはきっとどこをどう見渡しても、彼のような人はいないと思う。
彼のような能力が必要なくなってしまった社会。
彼が駆使した知恵を他の何かが肩代わりしてくれる社会。

でも、きっと昔はそういう知恵を持つ人々が
日本にもたくさんいただろうと思う。

最近、見つけた『日本奥地紀行』
イザベラ・バードというイギリス人女性が
明治維新ごろの日本を
東京から北海道まで日本人ガイドと共に旅した記録。

まだ読んでないんだけど、その中にデルスーのような人がいないかなと
ちょっと期待している。

書評を読むと、
今の日本からは全く想像のつかない
過去の日本人の姿がそこにあるらしい。

まったく様変わりしてしまったこの国だけど、
そこで昔、人々がどんな暮らしをしていたのか
想像するのはとても楽しい。

どんなものを食べていたのか、
どんな家に住んでいたのか、
どんな楽しみがあったのか、
どんな音を聞いていたのか、
どんな風景をみていたのか・・・・

興味は尽きない。

そのころの日本を活写した記録は実はあまり残っていないそう。
学者が地道に資料を集めて研究した記録はもちろんあるけど、
実際にその人の目を通して書かれたものはそう多くないらしいから、
とても楽しみ。

違う文化圏の人が見ている、というのも面白い。

もうひとつ『一外交官の見た明治維新』というのは今読んでるところ。
まだ、旅してなくて、なぜ日本に来たかというくだりなんだけど
今後の展開が楽しみです。

もっと昔の日本を見たルイス・フロイスの
『日本覚え書』(??というタイトルだったとおもう)も
かなり昔に読んだけど、ものすごく面白かった。
この人は宣教師で、秀吉に会ったりしてる時代の人。
日本人は掃除が好き、とかなんかそういう他愛のないことが
たくさん書いてあったような気がする。

そういえば外国人ばかりで、
古い時代を日本人が記録してるものはあんまり見たことないかも。

というわけで、何を書こうと思ったんだろ?

昔のことに思いを馳せるのは楽しい!!ということだね。
そして、自然と共に生きていた日本人の痕跡を知りたい!
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by happanappamama | 2007-03-09 23:55 | ほん | Comments(0)
昨日は読み聞かせ!
昨日、nappaの学校に読み聞かせに行った。
朝8:30から15分間。
初めてのときは一人だったので、10分くらいで読める本を用意したんだけど、
昨日はもう一人の方とペアだったので、
もう少し短い本を選択。

打ち合わせを全くしていなかったので
ペアの方と本がかぶっちゃったら困るな、と思って
2冊用意していった。
『よかったね ネッドくん』と『みみをすます』

『よかったね ネッドくん』はメチャメチャたのしいナンセンス絵本。
happaが小さいとき、小児科の待合室で見つけて
二人で大ウケして以来、私の中ではランキングが相当上位。
昔行ってたこの小児科は父の知り合いだったので
風邪を引くと私も診ていただいたりしていたんだけど、
「今日は、いいのよ~」とか言って
病院なのに診療費を取ってくれなかったり、オマケしてくれたりするので
心苦しくて行かなくなってしまった。

待合室においてある絵本も、多分先生の息子さんたちが
小さいころ読んでいた本なんじゃないかな。
年季の入った本も多かったけど、品揃えのセンスがあったように思う。
アニメチックな絵の昔話アレンジダイジェスト風な
ほかの病院の待合室に置いてありそうな本はほとんどなくて
良心的な作品を細々ながらきちんと作ってます。風な出版社のものが多かった。

で、ネッドくん。
「よかったね」「でも たいへん!」というリズムで
ほっとする出来事とピンチが交互に繰り返される。
程よくバカバカしいんだけど、絵は美しい。
舞台美術をやっている人が描いた絵本らしい、と読んだことがあるような気がする。

もう一冊の『みみをすます』は俊太郎の詩集です。
happaが小さいときから大好きで、夜布団に入ってからよく読んであげた。
表題の詩のほかに、
「えをかく」「ぼく」「あなた」「じゅうにつき」「そのおとこ」(順番は違うかも?)
という詩が入ってて、どれもいい。
音読するのが、またいいんだ。
黙読じゃあ、魅力は半減。

ペアの人と本はバッティングしてなかったので、
読み聞かせの前に、担任の先生に「どちらがいいですか?」って聞いたら
先生はなんとなくネッドくんの方がいいと思っているらしかったので、
『ネッドくん』を読みました。

詩はむずかしいと思ったのかな?
絵もないし。
でもねぇ、happaだって赤ちゃんみたいなときから読んであげてたけど、
じっと耳をすましてた。

私が創作を手伝ってるころ
ひとみ先生が幼稚園の子どもたちに読んであげてたときも、
みんなじっと耳をすましてた。

私も誰かが読んでくれる『みみをすます』を聞きながら
(小学校低学年のころは、happaが時々読んでくれました。
 こんどはnappaに頼んでみよう!ジジ男には全く期待できない!)
ぬくぬくと布団にもぐってるときは至福のときです。

美しい言葉が生み出すリズムは、小さくたってかんじるんだよねぇ~!
今度また読み聞かせのチャンスがあったら、是非読みたいな。

ネッドくんのクラスの反応は・・・。
「笑うトコだよっ!」という部分でイマイチ反応がなかったけど、
nappaの話では
「みんな、面白かったって言ってたよ~」ということだったので、
まあ、よくわからないけど、よしとしましょう。

でもnappaに「家で読むときと声が違う。家のほうがずっといい!」と
言われちゃった。
緊張してたのかしら??




コメント(2)

いよいよ本領発揮だね!happanappaママちゃん。 実は私も始めたのよ。今度二回目。師匠とよべる人がいて、その人に教えてもらいながら。緊張するねぇ。でもちょっとたのしい。 私はまだ「むか~しむかしからある物語」ばかりだわ。 今度は「かさじぞう」にしようかなと。大晦日の質素な食事にびっくりしたの、読んだとき。なぜか鮮明に覚えてる。でも好き。


2007/2/8(木) 午後 9:59 [ のりまきおいしい ]



私のは、学校でお手伝い可能な人を募って分担して読み聞かせのお手伝い、っていう程度なのよ。でも、いいね。読み聞かせ。むか~しむかしから読み継がれてきた本は、やっぱりいいよ。私も昔話大好き!地域でサークル作って活動してる人もいるみたいだし、私も探してみようかな。


2007/2/9(金) 午前 10:29 [ はっぱなっぱ ]
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by happanappamama | 2007-02-08 11:19 | ほん | Comments(0)
子どもの宇宙
ママ友のブログに
MYちゃんがいつも一緒で仲良しだったぬいぐるみを
デイキャンプの電車の中に忘れてきちゃった顛末が載ってた。
それにMKママがMKちゃんも以前、大事にしてた、それがなければいられなかったバスタオルが
ある日忽然と姿を消したという経験をコメントしてた。

読んでいて、河合隼雄の『子どもの宇宙』を思い出した。
河合隼雄は(心理学者です)自身の経験から、
子どもが今いる段階から、もがいて辛い思いも経験して、
次の段階へと行かなければならないそんな時、
かわいがっていた動物とか、モノとかが、
死んだり、忽然と姿を消したり、ということが多々あるということを書いていて
それが印象に残ってたんだけど、
そのことを思い出した。

死んでしまうことで、姿を消すことで、その子にとって大きく事態が動いていく。
その子どもが愛情をかけていた動物であるほど、敏感にその時期を察して
ここしかない、というタイミングでコトが起こる、
というようなことが書いてあったと思う。

二人の経験をブログで読んで(MKちゃんのバスタオルのことは以前、ママから聞いたことがあった)、
その時期が、ある意味今までの彼女たちに別れを告げて、次の段階へと移行していく
そういう時期にある気がして、
今回いなくなってしまったMYちゃんのぬいぐるみは
いなくなるべくして、いなくなった、というか、
ある意味自分で意志を持って出かけていったのかな、なんてちょっと思ったりした。

河合隼雄の本とはそれが最初の出会いで、
子どもたちをキャンプに連れてったりして、子どもにまみれている時期に
神田の本屋で見つけた。

新書の棚から その本だけ浮いて見えて、「読みなさい」って言われてる気がした本。
時々そんな風に感じる本との出会いがあるけど、そういう風に本に呼ばれたみたいに感じた本は
外れない。

この間、やっぱり呼ばれた気がしたのが『明治の音』っていう本。
ほかに探してる本があって、「後でね」と思ってそのままになってしまって
まだ手元にないんだけど、今読んでる何冊かが終わったら
読んでみようと思ってマス。

おサルの研究をしてる河合雅雄さんというお兄さんの本もグーです。



コメント(2)
次の段階…うんうん。そうかも。やってくるべくしてやってきて、去るべくして去っていったのかな。そしてhappanappaママちゃんのところにやってくる本も、来るべくしてきた本たちね。世界は大きく、不思議だね。

2007/2/3(土) 午後 0:02 [ のりまきおいしい ]


不思議だねぇ。私たちの知らないところで、秘かに進行していることもあるのかもね。不思議に気づくことができるのは幸いだね

2007/2/3(土) 午後 10:46 [ happanappa ]
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by happanappamama | 2007-02-02 23:26 | ほん | Comments(0)
BOOKS
本を選ぶときは直感の赴くままに手に取るんだけど、
結構アタリの本を選ぶのが上手い、と思う。
ま、あくまでも自分の超ドメスティックな世界で、の話だから
人に勧めてどうかというのはワカラナイ。
このあいだあおぞらちゃんに「本貸して!」って言われて
「どんなのがいいの?」とメールしたら
「nappaママが私に必要と思う本がいい」とお返事が。
本の選択は楽しい仕事だけど、人に勧めるのはちょっと責任感じちゃう。

今も読みかけの本がたくさん。
でも気分で読み分けて、並行読み。
なんの不自由もストレスもなく、いろんな本に手を出している。

読んでる本のタイトルを並べてみようかな、と思ったけど
実際に並べてみたら、ちょっと分裂症みたい。
サスペンス小説あり、対談あり、詩集あり、
精神世界モノあり、なんでもあり。

出会っていない「読んでよかった!」と思える本たちが
いっぱいあるんだろうな。と思うと、たくさん読みたい!
と思うけど、一年間に出版される本の数を考えると、
ちょっとやそっと読んだくらいでは追いつくはずもなく。
人生も半ばを迎えた今日は、自分と似た世界を持ってる友だちから
評判を聞いて読むのがいちばん効率的かも。
でも無駄読みも侮れないんだよね。大事。

高校生くらいのとき、学校帰りによく本屋に寄ったけど、
目指す本がなかなか見つからなくて、やっと見つけたという時に
よく見つかった本のポジションから(つまり本棚から)本を探している
自分の姿が見える気がした。この本(やっと見つけたその本)は
どんな気もちで私を眺めていたのかな、とか考えたり。
本屋に行くとトイレに行きたくなるというのも、高校生のころ始まったような。
本屋に泊まりたい!と思うようになったのはもう少し後かな。

秋の夜長、寝る前に読むのはちょっと考えちゃうような本か、
感覚的な本。
すぐ、眠くなります。
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by happanappamama | 2006-10-21 21:29 | ほん | Comments(0)
いつか感想をまとめよう
なんか慌しく過ごしながら、実はなんにもせずに一日が過ぎていってしまった!
もう日付が変わってるのに、あしたの準備はできておらず。むむ・・・。

今日はなんにも読めなかった。
『憲法九条を世界遺産に』は昨日読了。
『ゲド戦記』は思ったよりも進まず、まだ1冊目の最初のほう。
なんとなく、今は大河ものの気分じゃないかんじなので、
秋が深まってから読んだほうがよさそう。
夜中にお茶を飲みながら(ケーキもあると尚うれしい)読みたい。

このあいだから司馬遼太郎とドナルド・キーンの対談を読んでいて、
これはとてもおもしろい!!
日本人てなんだろう?と時々考えてしまう私には
興味深い話がたくさん。

去年の春先に久しぶりに読んだ『古寺巡礼』からのつながりで、
去年のちょうど今頃は仏教美術に懲りまくっていて、
なかなかな集中力を発揮していました。
しばらくブームは下火になっていたものの、また近頃少しずつが甦って来た。

『古寺巡礼』とは対極にあるものだけど、『見仏記』がすご~くおもしろい!!
みうらじゅんのイラストにいとうせいこうが文章をかいてるんだけど、
ふたりのまさしく「見仏」記録。

ウルトラマンの中に仏像の美を見たり、当時の人々の仏像に対する思いの中に、
来日スターにときめく現代人の心を見たり。でも、茶化してるんじゃなくて
それはまじめな考察なのです。

良いねぇ。

happaが今歴史でちょうど飛鳥文化のあたりをやってるみたい。
飛鳥の仏。大陸の風情があって、とても好きです。

高校生のとき、
現国の教科書にそのあたりのことをいろいろ書いてある文章が出てきたんだけど、
だれが書いたものかな?岡倉天心?
すごく残っているのは薬師寺の東塔の天辺に彫ってある飛天についての文章で、
フェノロサが「凍れる音楽」って言ったんだとか。
「凍れる音楽」。
その飛天の写真と共に鮮烈に心に残っています。

まさに’カリン’と(むむ、表現力のなさが悲しい)音なき音がしそうだったよ。
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by happanappamama | 2006-09-08 01:38 | ほん | Comments(0)
ニングル
久しぶりに読んだけど、面白かった!!これはhappaにも読ませたい。

初めてこれを読んだのは結婚したばっかりのころだったから、
まだhappaもnappaもいなかったわけだけど、
今子育てしている身で読むとさらに迫ってくるものがあるかもしれない。
最初は信頼できる感性の持ち主からお借りして読んだのだ。

倉本聡のドラマは実はほとんど見たことがなくて、
かの有名な「北の国から」シリーズでさえ見たことないから、
ドラマを通して発しているメッセージだとか、
普段のこの人の人となりとかまったく知らなかったけれど、
いい人だと思う。(キッパリ!)

都会で生活していると自然が破壊されていくサマに鈍感になってしまうけど、
こうしてなにもかも便利な、合理的な方向に突き進んできた究極の姿である都会に
暮らしていることが、恐ろしく思えてくる。
かつて人々が持っていた当たり前の感覚とか、
生きていく知恵、その土地の持つ能力とその土地との付き合い方。
なにもかも無視してその上にあるのが都会なのか、と思うと
ため息が出る。

札幌に住んでいるときにアイヌ関連の本をいくつか読んだけど、また読みたくなりました。
「ニングル」には直接アイヌ関連の記述が出てくるわけじゃないけど、
この本の中で久しぶりに、地名に残るアイヌの言葉に触れて、
「すごいなぁ~!」とただ、ただ感嘆。

歴史が大好きで、以前「蝦夷(エミシ)」に関する本もいろいろ読んだけど、
昔の日本、すごいと思う。
日本人って、外国帰りの人たちからは何かと疑問符を投げかけられたりするけれど、
ベースにある文化は並じゃない!と私は思う。
民族としての文化という狭い範囲に限定するんじゃなくて、
日本人が「日本人であること」を意識しなかったころからの、
この島国の土に根付いて受け継がれてきたた文化っていうか。

何年か前、ビールかなんかのコマーシャルで、
ススキのような麦のようなものがわ~っと生えてる草原みたいなところを、
いわゆる弥生人の装束をした数人が髪を頭の横に束ねて、
スローモーションで駆けていくのがあったけど、
あんな風景が目に浮かぶ。
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by happanappamama | 2006-09-05 17:09 | ほん | Comments(0)


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