ひびのあれこれ
by happanappamama
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わたしなりに
しばらく同じことをずっと考えていました。

このあいだ書いた”キャンプのクォリティ”に関すること。
しつこく、頭の中を駆け巡ります。

どこかにきちんと吐き出そうと思っていたので
掃除しながら、洗濯物を干しながら、
歩きながら、お風呂に入ったりしながら
頭を離れず。


頭の中では
画面に向かうよりずっと文章が構築しやすくて
同時に考えていた二つのことを
いい具合にドッキングさせたりってことも簡単で。

あちこちに開くウィンドウを
瞬時に処理することが出来るじゃない、頭の中って。


あれも、これも
自分が思うすべてを盛り込むことができる上に
なかなかまとまった文章が出来上がりそうな気配なんだけど

実際画面に向かうと
ちょっと果てしない、というか
途方もないことになりそうで気持ちがついていかず
なかなか文章になりません。


今日(昨日?)さるリーダーから、
私が頼まれて感想などを寄せたキャンプに関するミーティングの様子を
メールでご報告いただき
また改めていろいろ考えてしまいました。

このあいだ、ふと思いついてしまったいろいろ。
実はもうずっと前から気になっていたことでもあるんだなぁと
改めて思う。


私なりの方法で働きかけていけたらなぁ、と思う今夜。
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by happanappamama | 2010-03-09 22:03 | つれづれ | Comments(0)
じゃっくるはいい人です
じゃっくるはnappaと同級生。

…って、本当に同級生なわけじゃないけど
nappaが幼稚園に入園した年に
じゃっくるも一緒に幼稚園にやってきたから。


一緒に遊んだり、
一緒に体操したり、
一緒に遠足やキャンプに行ったり、
そしてnappaたちにいろいろ教えてくれた人だ。

遊ぶことを通して。
運動することを通して。


nappaは幼稚園のとき、どうしても側転ができるようになりたかった。
かっこいい側転。

でも側転って、自分ではキレイに回っているつもりでも
傍で見てるとそうじゃなかったりするじゃない?


足が高く上がっていると本人は思っても
実は腰の高さくらいのところを足が移動していたりするんだよ。

nappaは「どう?どう?」って何度も確認を求めながら
自分がちゃんとできてないのが悔しくて仕方がないみたいだった。

ちゃんと出来るようになりたくて
リーダーのたまと、じゃっくるに一生懸命アドバイスを受けて
キレイに回れるようになるまで練習してた。

じゃっくるは幼稚園の保育時間はもちろん、終わってからも熱心に教えてくれて
とうとうnappaはキレイな側転ができるようになって。


それから、なわとびだったり、跳び箱だったり
じゃっくるに教えてもらいながら
何度も練習してできるようになっていったけど
側転の経験があったから、
”たくさん練習すればいつかちゃんとできるようになる”
ということを信じて頑張れるようになったんだと思う。

頑張ることと引き換えに自分のものになるものが
たくさんあることを知った、というか。

ひとつひとつ積み重ねていくことで遠くまでいけるという手ごたえを
じゃっくるに教えてもらった側転で掴んだんじゃないかなぁと思っている。


昨日のワイズカップで
最後に4年生が集まったとき
じゃっくるが子どもたちに話をしながら泣いちゃった。

散々な結果を残念がって、じゃなく
子どもたちとサッカーを通じて過ごしてきたこの一年を振り返って
何度も涙で言葉が詰まるほどに。



サッカーの4年生は現在6名。

忙しくて続けられないという子たちもいるし
もっと試合のチャンスのある別のチームに移ってしまったり…で
年中で始めたときは20人近くいた子どもたちが
この人数になってしまった。

Yのサッカーはnappaでも試合に出してくれる。
みんながサッカーを楽しめるように、と考えてくれるこのチームだから
nappaは続けてくることができた。

何度もサッカーをやめたくなっちゃったこの1年も
じゃっくるをはじめ、リーダーたちがいろんなカタチでサポートしてくれた。

じゃっくるは、この6人に
時には厳しく、時にはやさしく、
根気よく指導してくれたし
nappaには特に、みんなとレベルが違う分
丁寧に教えてくれたと思う。

やめたくなっちゃった時期を乗り越えて
「6年生までやめない」と言えるようになったのは
じゃっくるのおかげでもある。



じゃっくるのどんな思いが涙につながったのか
その真意はわからないけど
じゃっくるがこの4年生たちに対して感じている思いの一端を
感じることができた。

4年生たちは、そんなじゃっくるにお構いなくふざけていたけれど
それはポーズだったように思う。

じゃっくるが自分たちに関わりのある何かで泣いていることは
わかっていたはずだから。

家に帰って「今日、じゃっくる泣いちゃったんだよ」ってパパに話しているとき
彼女はふざけてなかったばかりか、嬉しそうだったもん。

じゃっくるの愛情の表れといってもいい、その涙の意味を
受け止めていたんじゃないかなぁ。


愛されるって嬉しいことだ。
たくさん愛されて、たくさん愛せる人になってほしい。


じゃっくるが来年度もサッカーに残ってくれることを
心から願っています。
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by happanappamama | 2010-02-22 21:19 | つれづれ | Comments(0)
H先生のこと
H先生にお会いして、ちょっと話す機会があった。

会うのはとても久しぶりな気がする。


出会いはもう25年以上前だ。

仲間が授業の関係で、
翌年からの創作教室を手伝えなくなってしまって
「私は出来なくなっちゃうんだけど、
 お手伝いがいないと先生が困っちゃうし、絶対面白いから、やらない?」
って誘われたのがきっかけ。

私は丁度都合のつく時間だったし
なんでもやってみよう!と何に対しても意欲的なときだったので
一度創作教室を見に行ってみた。


レクホール上の小部屋で
子ども達を前に、H先生が絵本を読んで
それから造形活動をする。

絵を描いたり、工作したり。

教室のあと、先生からオハナシを伺って
お手伝いすることになった。

毎週火曜日、授業を終えると学校から駆けつけて、
2時から夜9時過ぎまで創作教室の活動を楽しんだ。

年の離れたオトモダチが何人かいるけれど
H先生は、お友だちと呼べる、最初の年上の人かもしれないなぁ。

教室のあとの反省会では
創作教室のことはもちろん、教育や、宗教や、哲学や、宇宙や、
ホントにイロイロなことを話した。

たくさん勉強させてもらったし、そこをきっかけにいろんなことに手を伸ばすことが出来た。

反省会で
そんなこんな、話をしているとお腹がすいちゃうんだけど
でもいつも話に夢中になって、気づくと9時…とかだったりしたので
だんだん、食べ物を持参するようになって。

それがまた、可笑しかった。

時々H先生はパンを持ってきてくれて
木場駅からの道中の市場みたいなところで
パンにはさむお惣菜を買ってくるんだけど
それが
「今日はいいものがなかったのよ~」と人参の天ぷらだったりするのだ。

私がカップヌードルを持って行ったときは
「まあ、美味しいわ。今の世の中には、こんなに美味しいものがあるのねー」と
その時初めて食べたというカップヌードルのシーフード味に
これ以上ないというくらいの感動を示してくれたり。

ある日は、
「いいモノを見つけたわ。それはほかほか弁当よ」と
何か、とてもうれしそうに、まるで歌うように報告してくれたりした。


NHKの教育テレビで名作映画を放送している時期があったんだけど
『道』の放映があった後に創作に行ったら
「このあいだ、『道』を見た?」と聞かれたので
「見ましたー!ちゃんと録りました」と言ったら
「私もよ!」と言う。

そして
「毎日聞きながら仕事をしているのよ」というので
(聞きながら??)といぶかしんでいたら
「これ」と見せてくれたのは、なんとカセットデッキ。

カセットテープに全編録音して、聞きながらいろいろしているんだと言うので
先生らしいなぁと思って、なんだか笑ってしまった。

「ジェ~ルソミ~ナ♪」とか、歌ってくれちゃったりして。


授業に関して、先生がよく私に言っていたのは
「空を飛ぶ鳥のような目と気持ちで、子ども達を見てね」ということだった。

モノを作ったり、絵を描いたりする教室なので
時にはアイディアに詰まったり、手先がうまく動かなかったりする。

そういう時、すぐに手伝ってあげないでって。

話を聞いてあげたり、隣りで見ていてあげるだけで、
子どもはパッとアイディアが浮かんだり
自然に手が動いたりするのよって。


とてもまじめで、自分が思ったことはハッキリと口にする人な上に
世間知らずなお嬢様なところがあるので
事務所でサポートしてくださる方には、結構ご迷惑をかけていたかもしれない。

一時は、H先生のことを「困ったもんだ」とため息混じりに話す人がいたし
あからさまに冷たい態度をとる人もいなかったわけじゃない。

一緒に仕事をする人は大変かもしれないなぁとも思う。

いまや、レクホール上の教室はスゴイことになってるしね。

私も、もし事務方としての付き合いだけで
彼女のお手伝いをするとしたら
「あ~あ」と思ってしまうだろうと思う。

でも、年下の私が言うのもなんだけど
本当に邪気のない人だ。

創作と、そこにやってくる子ども達のことを本当に真剣に考えているし
自分の事だけじゃなく、世界のいろいろなことに目を向けて
出来る範囲で地道に活動している。

最近はご両親の介護で
「NGOの活動は、何年か前にやめてしまったのよ」と
先日お会いしたとき残念そうに話していたけれど
あっちにこっちに、と移動しながらお仕事をして
誰に吹聴するでもなく、ずっと信じる活動を続けて来たってことは
とても素晴らしいことだ。


私の前のリーダーが1年、私が2年お手伝いをした後
別の仲間が、やっぱり2年お手伝いに入ってくれたけど
その後、創作に関わってくれるリーダーはあんまりいないみたい。

まあ、2時からっていうビミョウな時間でもあるからね。

でも、活動も、先生とのお話も面白いし
創作のお手伝いをしてくれる人、だれか見つかるといいな。
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by happanappamama | 2010-02-13 23:55 | つれづれ | Comments(6)
似たもの同士の間に横たわる溝は大事です。
世の中にはいろんな考えの人がいて
ものごとにはいろいろな感じ方がある。

あることの、どちら側から見るかによっても感じ方は違うし
その人の経験や知識によっても違うんだろう。


中学生くらいの頃までは
話の合う人が、必然的に友だちだったように思う。
好きなものが似てる人。

好きな芸能人だったり。
好きな音楽だったり。
服の趣味が似ていたり。

もう少し大人になって、
話が合う、感じ方が似てる…というのも、ものすごく幅があり、
「おんなじ~」と盛り上がっていたものが
実は全然次元の違うものだったりすることもあるってことが
わかるようになったのかも。

私が(あるいは他の誰かが)発している言葉を、
そのものズバリ、同じように理解するってことは
不可能なんだな、ってことに思いが至り
人間はどんなときも、とても孤独な存在なんだと思ったのも、その頃だ。



だから、なのか
その後しばらくは同じ方向を向いていると思われる人、
同じような感性を持っていると思われる人がとても恋しくなった。

そういう人たちと「あーでもない、こーでもない」とあれこれ話したりすることが
とても楽しかったし、大事だった。


でも、ある時
同じような感性を持っている人とばかり繋がろうとしていては
いけないんじゃないだろうか?などと考え始めた。

まったく別の価値観を持った人とも
積極的に繋がっていこう…って
なんか、張り切ってる時期もあった。

自分が持っていないものを持っている人は刺激的だし
これまで考えたこともないようなことを考えたり感じたりしている人との付き合いは
今までの自分を「井の中の蛙」みたいに思わせた。



でもねぇ、
やっぱり今は、似たような方角を向いている人との付き合いが
心地いいし、大事だ。

年をとったからかもしれないし、年のせいじゃないかもしれない。

似たような方角を向いている、
似たような感性を持つ人、
似たようなものに価値を置いている人も
あたりまえだけど、その間には隔たりや溝がある。

隔たりなんていうと、よくないモノみたいだけど
隔たりや溝があることが大事なんだ。


似たような感性の人の集まりも、それぞれものすごく違う。
それぞれの見方、感じ方、考え方には幅があって、
その幅や深さが私を刺激する。

全く別の、全く違う価値観からの刺激じゃなくて
似たような、でも全然違う…と言うと矛盾するけど
そんな価値観からの刺激の方が
はるかに触発されるし、大事。
と、今は思う。


な~んてことを、今日湯船に浸かりながらつらつらと考えていた。

でも、こうして文字にしちゃうと、なんか自分が考えていたことと違うような気がするなぁ。
そういうことって、いっぱいあるんだけど。

湯船に浸かりながら考えていたときは
頭の上にビックリマークが光ったように感じたんだけどなぁ。



似たもの同士の間に横たわる深い溝に関わりあってることのほうが
私には向いているんじゃないかな、と思ったのでした。

あれ、ちょっと違うような…。

いいや、もう眠いから。
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by happanappamama | 2010-02-09 23:20 | つれづれ | Comments(4)
お茶、いろいろ
珈琲が苦手なわけじゃないけど
ブラックではとても飲むことが出来ない。

ミルクもお砂糖もたっぷり必要。
でも、ブラックで楽しめるようになりたい、というのが
秘かな目標だったりする。

珈琲を淹れるという行為も素敵だし、香りもいいし、
珈琲にまつわるいろいろにはちょっと憧れるなぁ。

自分ではおいしく淹れることは出来ないんだけどね。

高校の同級生で、とても珈琲好きな子がいて
あんまり飲みすぎて胃を壊し、ミルクなしで飲んではいけないと言われたと聞いて
カッコいいなぁと思ったりしたこともある。

でも、私にとっては、
珈琲はお茶代わりというわけにはいかなくて
ちょっとおやつみたいなものなのかも知れないな。


日常的に飲む水分は、ほとんどお茶。
小さい頃から、おばあちゃんと一緒に緑茶を飲んでいたので
やっぱり一番馴染みのある味なんだろう。

緑茶はカフェインもいっぱい含まれているから
自分の子どもが小さい頃は、緑茶はほとんど飲ませなかったんだけど
happaは最近になって、やっと緑茶を好んで飲むようになった。

nappaは未だに緑茶を飲んでくれないので
ちょっと残念。


焙じ茶はいままで、あんまり好きじゃなくて
時々飲みたいなと思うことはあっても
せいぜい一杯。

ところが、最近、おいしい焙じ茶に出会って
結構、日に何度も飲んでしまう。

ひとつは「かりがねほうじ茶 香悦」という銘柄。
すごく香ばしい。

もうひとつは、MKちゃんが泊まりに来たときにココさんが持ってきてくれた
「加賀棒茶」というの。

ほうじ茶は熱いお湯を入れたとき、香りが遠くまで届くのがうれしい。
仕事がひと段落してホッとしたいとき、香りでもリラックスできる。

明日は月曜で、週末の散らかった部屋を猛烈な勢いで片付ける日だ。

掃除が終わったら、焙じ茶を飲みましょう。
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by happanappamama | 2010-02-07 21:26 | つれづれ | Comments(2)
「愛してる」って言うことは
TVで盛んに流れる映画のCMやなんかで
「愛してる」って伝え合う男女を見ると
”嘘くさい”と感じちゃう。


「愛してる」なんて、潤んだ目で見つめる女性に
「ホントかよ!」って言いたくなっちゃう。

愛してるって、どういうことさ。

とにかく、今、あなたのことがものすごく好きです。
っていう気持ちはちゃんと理解できるけど、
愛してるって、そういう場面で言うことかなぁ。


自分を生み育ててくれた家族や、兄弟に対して
あるいは、自分の子どもに対しては
ごく自然に、純粋に
私は紛れもなく彼らを愛しているということを確信できるけど
いわゆる赤の他人に対して
「愛している」という感情を持つに至るには
一緒に過ごす、かなりの時間と濃度を必要とするように思う。

愛は、その人のいいとこだけじゃなく、
嫌なところとか、時には許せないとさえ思うこととか
そういうありとあらゆる感情を乗り越えたところに
見えてくるものなんじゃないかなぁ。

勝手な思い込みかもしれないけど。

少なくとも私は、結婚前の夫に
そういう感情は持っていなかったな。

すごく好き、ということの最上級が愛、というわけじゃないだろう。

結婚する前、それはもちろんジジ男のことがすごく好きだったけど
それはやっぱり愛じゃない。

今は、こんにゃろう!ここ、絶対許せない!ということがいっぱいあるし
日々ジジ男に対する不満のストレスに胃が痛くなることさえあるけど
少なくとも結婚前に感じることが出来なかった愛は
あると思う。(ホントか??)


だいたい、日本人はもともと
愛してるなんていうことを面と向かって表明する文化を
持ってないんじゃないだろうか。


これはもしかしたら愛?というものを感じていても
付き合っている恋人同士が「愛してる」なんて言うの?

私が今、20代の年若いムスメに戻っても
付き合っている誰かに対して「愛してる」なんて、絶対言えないな。
私が知っている愛は、こういうことじゃないんじゃないかって
思うんじゃないだろうか。

愛って、もっとハードルが高い気がするんだよ。


な~んちゃって
それは若く美しいものに対する僻みかしら?

ココ数日、何度も目にしたCMを見て
なんだかモヤモヤした気持ちになっているのでした。
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by happanappamama | 2010-02-04 17:25 | つれづれ | Comments(0)
省みるということ。
自分自身を客観的に見つめるのって難しい。

私はいつも、
自分を見ている自分自身の別の目を意識していたように思うけど
それは、気のせいだったかも?ってことを
昨夜思ってハッとした。

私は、多分いままで
自分を自分から離して眺めることが
本当には出来ていなかったんだな。

自分を受け入れる為の理由は、いつも探していた。

それは、別の言い方をすれば”前向き”とも言えるかも知れないけど
裏を返せば、自分自身に辛い評価を下すことを避けていたってことかも。

現状を受け入れて、前を向くことは大事だけど
私に決定的に足りなかったのは、「自省」だ。


自省ということの正しい意味を、今初めて知った思い。

自省って、自省するってことかー。
…なんて、バカみたいだけど
自らを本気で省みたことなんてあっただろうか?


2010年、この区切りのいい年に
私に与えられた課題は、自省することです。

本気でまじめに自省して、次に繋げたい。
機会があれば、私のココ20年くらいを総括したい。


でも、自省するって、ホントのところどうすればいいんだろう?
人によってやり方は違うのかもしれないけど
なんだか技術が必要っぽい。

ちゃんと自省できる日が来るといいけど。


いずれにしても、今気づいてよかった!
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by happanappamama | 2010-02-01 21:41 | つれづれ | Comments(0)
昔の音
1000年前とか、2000年前に生きていた人間が
聴いていた音ってどんなだろう。

聴いてみたいな。


どこかに、今もそんな音の聞ける場所
あるんだろうか?


夜だけど、いろんな音が聞こえてくる今。

音が闇に吸い込まれてなくなってしまうような静寂
どこかにあるかな。

そんな場所に行ったら、
怖いって感じるのかもしれないな。
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by happanappamama | 2010-01-31 22:02 | つれづれ | Comments(0)
行く冬を惜しむ
今年は春が早く来るらしい。

あったかくなるのが、いつもより早いんだって。


暖かくなって、過ごしやすくなるのはモチロンうれしいんだけど
いつもより早く来なくてもいいな。

寒いときは寒いのがいい。

寒い季節を満喫したい、というのもあるけど
年々、行ってしまう季節を惜しむ気持ちが強くなる。

年齢のせいなのかな。
最近、”年のせい”って考えることがいっぱいあるけど
決して「あ~あ」という気持ちじゃない。


今年の冬は今年しか味わえないんだなぁ、とか
そんな気持ちが強くなる。

昔は、いつも変わらない自分がいるような気がしたけど
やっぱり変わらないわけはなくて。

どんどん大きくなる子どもたちを見ていると余計に
今は他のどの時とも違う、今なんだなぁという感慨がある。

毎日の少しずつの変化は、
目には見えないくらい微かなものだけど
スゴイ速さで変化していくものだ、という気も同時にする。

我に返ると、
ボヤボヤしているばかりの自分がフォーカスされちゃって
アセってみたりもするんだけど。


そんな風に思うと
行ってしまう季節が惜しまれる。

冬枯れの公園はきれいだし、
ほっぺたを赤くして遊んでいる子どもたちは生き生きしているし
鳥の声は澄んでいる。



今年の冬が、心底大事。
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by happanappamama | 2010-01-26 22:08 | つれづれ | Comments(0)
オンラインでトーク
久しぶりに書く気がします。


体調が今ヒトツだったり、
気になるモヤモヤがあったり、
なんとなく、文字を綴る気力が失せていて。

今日はちょっといい感じです。


昨日の夕方、ぼんやりtwitterを覗いてたら
前日の朝、何気なくつぶやいたことに反応してくれてるMr.Gあり。

それはここ数日、いつもあたまの隅にあって
深く考えるでもなく、反芻していることだったんだけれど。

誰かと生で会話していても
相手の話のどこに自分が引っ掛かるかって、その時々で違うじゃない。

自分が網を張ってる分野だと
否応なく反応するだろうし
全く予期しないことでも、自分のアンテナがものすごく反応することもある。


自分が発した何かも、相手にとってそういうものであることは同じ。


でも、モヤモヤ考えてはいたけど、意識の一番表層には上ってきていなかったソレに
引っ掛かっくれた、そのことが
こう、膝を打つような、頭の上に電球が灯るみたいな感じがして。

で、その返答に乗せてもらったらそこに参入してくれるMs.Rもいて、
しばし3人で会話を楽しみました。


字面で追うと
何かものすごい、あっと驚く真理に到達したってわけじゃないし
この年になってもいつまでも青い私のつぶやきに
よくぞ付き合ってくれましたっていう思いもあるんだけど。

ネット上の会話であるにも関わらず
意外に生の会話で感じるみたいに、
ニュアンスとか、言葉の後ろ側にあるものとか、
行間みたいなものが伝わってきてすごく楽しかったし、
モヤモヤしていた霧みたいなものがちょっと晴れて
カタチが見えてきたような感じがした。

後で、文字で残るもの以上の成果が
実は、ある、という気がする。

…って、すごく抽象的だけれども。

2人の問答というのとは違って
3人っていうのが、またよかったのかな。

キーを打つ時間差があるから、やっぱり生の会話とは違うんだけど
別の場所にいるそれぞれが
ひとつのテーマで繋がることがこんなに楽しいとは!

しかも実りがあって。



チャットっていうものを経験したことがないから
twitterとの違いがどういうところにあるのかわからないんだけど
こういうのとはまた、違うものなのかな?

いずれにしても、
twitter、なかなかいいです。

なんだか、この間からコレばっかり言ってる?
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by happanappamama | 2010-01-23 19:56 | つれづれ | Comments(0)


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