ひびのあれこれ
by happanappamama
<   2007年 05月 ( 20 )   > この月の画像一覧
こんな日でした
連日ジジ男くんが仕事で朝帰り。

リポD飲んで、カラダに鞭打ち、細かい意識は飛びながら
極短睡眠時間で頑張っている。

今朝も空が明るくなってから帰宅したのに、
9時には家を出なきゃならないので
電車で行くよりは・・・と、会社まで車で送ってあげることにした。
ささやかな労わり。

そうすれば少し車の中でも寝られるかな、と思ったんだけど
ジジ男くんはいつも送ってあげると異常に喜ぶ。

疲れているのにしゃべりっぱなし。

「寝れば」って言っても「大丈夫、大丈夫!」とハイテンション。

すでにそんなところがおかしいんじゃないか?とも思うんだけど。

今日はゴトー日だからか道路が混んでて、
空いてれば30分くらいなのに1時間かかってしまった。

会社に到着間際になってから「なんかものすごく眠くなってきた~」らしく
車からでかけていく姿は一気にテンションが下がり
またまたヨレヨレな感じでした。

この忙しさもあと数日の辛抱。

6月に入ったらゆっくり休ませてあげたいな。
おいしいものも食べさせてあげよう。

・・・で、「東京タワー」見に行ったことはまだナイショです。


happaは今日から2泊3日で移動教室。

あんまりお天気がよくなくて、ちょっと心配。
楽しくやってるといいな。
ま、雨だろうが晴れだろうが、彼が楽しくやるだろうことはマチガイない感じだけど。

nappaは昨夜「明日はhappaくんを起こしてあげるんだ!」と張り切っていたのに
今朝5時前、ジジ男くんが帰宅したときに目覚めてしまい、
パパと一緒にお風呂なんぞに入ったあと、パパの隣で一緒に寝ちゃって
6時半ころhappaが出かけるときにはまだ起きてなかった!
二度寝で熟睡しちゃったんだね~。

目が覚めてから「happaくんにいってらっしゃいって言えなかった・・・」と
しくしく泣いている。

夕方遊んで帰ってからも「happaくんがいなくて淋しい・・・」とまたしくしく。
挙句の果てには「あさってまで待てない~、今すぐ帰ってきてほしい~」とオイオイ泣き出した。

そのまま泣き寝入り。

目が覚めたのは8時半過ぎ。
それから一緒にごはんを食べて、お風呂に入って・・・としていたら
ものすごく遅くなっちゃったよ~。

nappaはhappaが大好きなんだね。

happaが帰ったら話してあげよう♪





コメント(4)


仲がいいきょうだいなのですね♪我が家ならきっと喜んでます(^^;

2007/5/31(木) 午後 6:02 [むとぅママ]



居れば居たで、もちろんケンカはするんですけどねぇ!

2007/6/1(金) 午後 0:59 [ はっぱなっぱ ]



東京タワー そりゃ言えないね。そういう私もまだ秘密。ジジ男くんお疲れ様です!

2007/6/6(水) 午前 0:06 [ ちゅうおう ]



ちょっと言えないよねぇ~。ほとぼりが冷めるまでは!

2007/6/7(木) 午前 8:19 [ はっぱなっぱ ]
[PR]
by happanappamama | 2007-05-30 23:34 | にっき
東京タワー
遅ればせながら、「東京タワー」を見た。

ものすご~く空いてて、観客は5人。
内3名が我ら。

贅沢な映画鑑賞でした。

こういう映画を見ると、人が生きて死ぬということが
一体どういうことなのか、ということをつい考えてしまう。

映画の中の、
若くて、日々の暮らしに精一杯ながらもハツラツとして見えたオカンも
子どもの成長と共に老いていく。

happaもついこのあいだまで3歳だったような気がしている。

今は13歳の思春期入り口。

すぐに18歳になって、ハタチになって、大人になっていくんだろう。

長い時間のようでいて、実はそんなに長くない時間。

自分が老いていくことについて、
悲壮感があるわけでも、ジタバタするわけでもないけれど
人生を折り返して、自分の終着点に向かって歩んでいるんだという感覚は
10年前よりも強く実感するようになった。

この年になって一層、死というものを意識するようになった自分がいる。

死ぬことが大前提の人生の中で、人はなぜ生きるのだろう?
生きるっていうのはどういうことなんだろう?
そして死ぬということは。

考えても答えが簡単に見つかるわけではないけれど、
そこには何か意味がある。

生きることの意味をいつか見出そうとすることに意味があるのかな、と思う。
死ぬことの意味も。

映画の中の、
東京タワーの古い映像や、首都高を走る車から見える風景に
とても心を揺さぶられた。

東京タワーや、車窓からの首都高の風景は
好むと好まざるとに関わらず、私の原風景の一部なのかもしれない。

生まれてから現在までのあれこれが
首都高の風景と共に
フラッシュバックのように浮かんできた。

映画の中の、ぼくとオカンとオトンにドラマがあるように
今を生きている人々のそれぞれに
当人にとって、その家族にとって意味のあるドラマが展開されているのだ。

もれなく。

当たり前のことだけど、そんなことを思った。






コメント(6)


東京タワーを見た後思ったのは、「食べることは生きることかなあ」ということ。
それからおかんの表情。
物語やその流れよりも、一つ一つの景色やシーンがとても印象に残っている。
生きているっていいねぇ。

2007/5/29(火) 午後 9:40 [ のりまきおいしい ]



そうだね~。食べることは生きることに深いところで繋がってるかもね。最近、食べるという行為(・・・っていうことは当然調理するということに繋がるんだけど)の大事さを言う人がまわりにたくさんいるような気がして、そういう年代なのかな~と思っていたところ!

2007/5/30(水) 午前 6:56 [ はっぱなっぱ ]



まだ観てないです。最近ふと自分が歳をとっていくということは親も老いていくんだなぁ~と思い、寂しさも感じました。

削除用パスワードを入力してください


2007/5/30(水) 午後 7:10 [むとぅママ]


時間が過ぎていくのって、だんだん早く感じるようになりますね。
でも、自分が年を重ねたから考えられるようになったっていうこともいっぱいありますよね。

2007/5/30(水) 午後 11:40 [ happanappamama ]



原作を読んだ映画は観ないようにしているのです。期待に見合ったことが今までになかったので・・・・・でも樹木希林のオカンは観てみたいな。

2007/6/2(土) 午後 9:13 [テンション]



私は原作を読んでないのですが、良かったですよ。原作の良さが生かされているかどうかはわかりませんが。原作と映画はやっぱり別物ですよね。

2007/6/4(月) 午後 1:15 [ はっぱなっぱ ]
[PR]
by happanappamama | 2007-05-28 23:31 | にっき
娘さん~よく聞~けよ♪
タイトルはなんていうのか知らないんだけど、
子どものころ、父とお風呂に入るとよく歌ってたうた。

♪娘さん~よく聞~けよ
 山男にゃ惚れるなよ~
 山で吹かれりゃよ~
 若後家さんだよ~ ♪ 

小さい頃はイミも分からず一緒に声を張り上げて歌った。
山男というフレーズは、どこか雪男のイメージ。
ワカゴケさんというのは、全くイミ不明。

少し大きくなって、歌の意味が気になりだし
「どういう意味?」って聞いたら
なんと山男は雪男ではなく、山登りをする人だって言うじゃないの!

「なんで山登りをする人に惚れちゃだめなの?」と聞いたら
「遭難したら、若くしてミボージンになっちゃうからだよ」

「ふ~ん」

そのときはきっと、それ以上の説明はなかったんじゃないかな。
聞きたかった答えはハッキリとは理解できなかった、
・・・というか、その時「腑に落ちた」感覚はしなかったように記憶している。

なぜ、山登りで死んでしまうのか???

クエスチョンマークは消えずに残った。

だって、山登りってその当時の私のイメージでは
チロリアンハットを被り、ニッカボッカを履き
青空広がる頂上で「ヤッホ~!」と叫んでしまうような楽しいもの。

大きくなるにつれ、海外の山を次々登頂成功する日本人のニュースを目にして
山には雪があるのだ。ということを知り
「山男」は雪山登山をする人なのだ、ということを知るんだけど。

最近読了した『孤高の人』。

「単独行の加藤文太郎」と言われた実在の方(本名です)をモデルにした小説。

まだ、登山が暇とお金のある一部の限られた人の贅沢な遊びだった頃、
一般の人にも登山ができるとうことを身をもって証明した人。

まあ、当人には一般人にもできるとういうことを証明しようなどという意図はさらさらなく
山の魅力にハマって、とにかく山に行くために全精力を傾けた、ということなんだけれど。

日本登山の黎明期、
山に登るには案内人を雇って、その案内人に荷物を背負わせて空身で登るのが
そのころのスタイルだったよう。

彼は自分ひとりで携行する食糧や装備を工夫して、
お金をかけた装備とは無縁の格好で山に入っていく。
地下足袋で登って「山の専門家」に無謀と中傷されたり笑われたり。

彼が雪山の魅力に嵌っていく過程に、私もグイグイ引きずり込まれた。

だからって、私も雪山に登れるとはとても思えないけれど
nappaにも「山男にゃ惚れるなよ」とチラッと考えてしまうけど
危険な雪山に単独で挑むという主人公の心情は
平地で生きる私にも共感できるものが多々あったし、
ものすごく魅力的な人物像に、
これは近くにこんな人がいたら惚れないわけにはいかないな、と思いました。

nappaには「惚れるなよ」と思いつつ
こういう人の魅力もわからないような女になるな!と思ったり。

読み終わってこんなに泣いたのも、久しぶりです。

今までいちばん泣いた本は『壬生義士伝』
読みながら、タオル3本分は絞れるくらい泣きました。
ほんとに「おーいおいおい」という感じ。

この本は、タオル3本分の号泣とまではいかなかったけど、
読後30分くらいはハラハラと涙がこぼれ落ちるという感じ。
ときどき「く~」っと声が出たり。

さめざめと泣いていてnappaと目が合うと

「別に子どもの前で泣いたからって、恥ずかしがらなくてもいいんだよ」

などとへんな慰め方をされました。

泣いたけど、泣くという行為はいいストレス解消にもなるから
サメザメと泣いた後はさわやかな清々しい気持ち。

またまた山本(ヤマボン、やまもとじゃないよ)が読みたくなっちゃいました!






コメント(4)


そういう意味の歌だったのですか~初めて知りました^^

2007/5/28(月) 午前 2:11 [むとぅママ]



むとぅままさん。そうなんです!こどもにはワカゴケさんとか、わかんないですよね~。あんまり後家さんという言葉も、もう使われないし。

2007/5/28(月) 午後 10:55 [ はっぱなっぱ ]



私たち(山屋)は、彼のことを親しみを込めて加文(かとぶん)と呼びます。
私も彼にあこがれて北鎌尾根から西穂高までを単独で縦走しました。
ただし夏場ですがね。
でも、北鎌尾根を一人でたどりながら加文が最後にうずくまってしまったのはどこだろうなんてふと思ってしまいました。
「壬生義士伝」の映画は観ましたか。

2007/6/3(日) 午後 2:01 [テンション]



知る人ぞ知る方なんですね。冬山に一人で臨む気持ちは簡単には理解できませんが、自分を信じきれるところに感嘆します。「壬生義士伝」はたまたま映画をテレビで放映していた時に見ましたが、原作には比ぶべくもありませんでした。原作を読んでいなければ、また別の見方が出来たかもしれません。

2007/6/4(月) 午後 1:22 [ はっぱなっぱ ]
[PR]
by happanappamama | 2007-05-27 23:00 | ほん
母は一所懸命なれど
今日は朝からなんだか忙しかった!

午前中はサッカーの保護者会。
午後はサッカー&ピノ。
夜は小学校の新旧PTA役員歓送迎会?というのか、いわゆる飲み会。

なんかあれよあれよという間に過ぎていってしまいました~!

午前中のサッカーの保護者会。
去年はキャンプに行ってて出席できず
でも、「すごかったよ~」っていう母たちの感想を聞いていたので
ちょっと「どんなもんだろ?」と思いつつ出席したけど、

なんか、いろんなことを思った。

今はただ、
しんちゃん、じゃっくる、お疲れ様!これからも応援してるから!
とだけ言いたい。

今日の保護者会で、サッカーを「良いものにしていこう」という心意気は充分伝わってきました。

私たち保護者に第一に必要なのは、
「一緒に協力してよいものにしていきましょう」という姿勢なんじゃないかな。

それは無批判にすべてを受け入れるということとは違う。

いままでのいろいろを検証したり、反省して次に生かすために
保護者の側からの提案は大切だし意味のあるものだ。

けど、でも、そこには「一緒にやろう」
「協力しあって、一緒に良くしていこう」という同志としての視線が
絶対に必要だと思う。

昨日は冷静に発言されている方のいる一方で
感情的にまくしたてるような言い方をしている方もいた。

対岸から声を張り上げるような、そんなコミュニケーションの仕方は
届かないんじゃないかな、と思う。

目線の高さも、見ている先も同じじゃないと。

いろんな場面で、これから私も感情的な物言いをしてしまうことがあるかもしれない。

自戒をこめて、そう思う。

うん。






コメント(2)


去年より和やかだった。


2007/5/27(日) 午前 0:30 [ あおぞら ]



そうらしいね。

2007/5/27(日) 午後 0:05 [ happanappamama ]
[PR]
by happanappamama | 2007-05-26 22:50 | にっき
郵便局めっ!!
今郵便局の対応にキレてますっ!

どうもお役所はダメだ!!!!!!

買い物に行ったついでに書類の再発行の手続きをしようと郵便局に行ったら、
再発行の手続きには印鑑が絶対必要だと言い張る。

再発行してもらうのは、郵便小為替なんだけど
うっかり換金できる期間が過ぎちゃった。
再発行してもらうことは出来るんだけど、それにも期限があって、
間近なのだ。

期限内なら、換金するのに印鑑も身分証明も全く必要ないものらしい。
再発行にはなぜ印鑑が必要なのか、その理由が理解できなかったので、
どうしてかと聞くと、

再発行には時間が掛かり、郵送という形をとっているが、
きちんとご本人の自宅に郵送するためだというのだ。

なぜ、自宅に郵送するために印鑑が必要なのかと聞いても
明確には答えられない。
ただ、 「そういう決まりですから」と繰り返す。

私は免許証を携帯してて、それで顔も住所もちゃんと確認できるのに、
となりの西友で買える判こさえあれば(実際には、簡単な漢字2文字の我が家の姓の判こは
オーダーしないとないんだけど)身分証明書は必要ないと言う。

ワカランッ!
結構アッタマに来ながらも翌日出直す。

いろいろ用事を済ませて、翌日4時過ぎに印鑑持って出直したら
「郵便小為替の手続きは4時までです」と言うのだ!

出入金があるわけでもないし、ただ書類を作ってもらうだけなのに!
しかも、切手とか、ハガキとかはちゃんと販売してて、
開いてる二つの窓口にはヒマそうな局員が鎮座ましましているのに!

も~!!

これって、民営化されればなんとかなるものなのかしら???






コメント(2)


お。そういうことだったのか。あなたも私も怒りの週末だったんだ。
先日郵便局で定期預金したら 今は自動継続は出来ません。1年(だったかなぁ?)経ったら普通預金に入るので又ご自分で定期に入れなおして下さい。って言われて、???と思って聞いたら 民営化 になるからだって。そんなのそっちでちゃんと引き継いでよぉ~!って思った。なんか腑に落ちないなぁ。

2007/5/27(日) 午前 0:24 [ ちゅうおう ]

そうなのよ~!お役所関係はどうもオカミっぽさがあるんだよね~。

2007/5/27(日) 午後 7:42 [ はっぱなっぱ ]
[PR]
by happanappamama | 2007-05-25 23:21 | にっき
耳鳴り
f0169643_1232093.jpg

寝床でnappaに子守唄を唄っていたら
彼女が涙を流していた。
「どうしたの?」って聞いたら
「だって、今日が終わっちゃう。今日ってもう二度と来ないんだよね」って。

そうか~、そんなことを思うようになったんだね。

そんな話をしてて、なんとなく思い出した。
小学校3年生の夏。

Yで赤城にキャンプに行ってて、
まだ入り口を入ってすぐのところにホールのようなスペースのあった
古いキャビンのベッドで。

私は3キャビンだったような気がする。
ホールを挟んで反対の部屋は男の子たちのグループだった。

夜。
耳鳴りがして、なんとなく寝付けなかった私は
リーダーのネギに、
「耳の奥でピーっていう音がする」って言ったら

「それはね、
 今日一日の出来事がひとつの音になって流れているんだよ」


って教えてくれた。

その日はかなり遠くまで徒歩で出かけて、
みんなへとへとになってキャンプに帰ってきた。
持って行った水筒の水もなくなって、
「キャンプ場までお水を我慢できたメンバーはご褒美があるよ!」というリーダーの誘いにも
(今考えると「水を飲ませなきゃダメだろ」っていう感じなんだけど)
脱落者が続出した、子どもゴコロには過酷なハイクだったけど

あんなこともあり、こんなこともあり、
夜寝床の中で思い返すと、大変だったことも、喉がカラカラだったことも
みんな楽しい思い出となって浮かんでくるかけがえのない一日。

そんな一日がピーっていう音になって、耳の底を流れているのだな
と思ったら、耳鳴りはわずらわしくなんかなくなって
心地よい子守唄のように聞こえた。

今でも寝床で時々聞こえるピーっていう耳鳴り。
「今日一日の出来事が音になって流れていくんだな」と心から信じられる。
そして過ぎていった一日が、
二度と戻ってこない、かけがえのない時間だったことを思い出させてくれる。

遠く、微かな、懐かしい
大事な音。






コメント(4)


こういうの、大好き。
こういう分を書くhappanappaちゃんってすごいと思う。
私もそんな風に感じながら過ごそう!って思う。

2007/5/23(水) 午後 8:12 [ のりまきおいしい ]



私もねぇ、このリーダーの言葉は「教えてくれてありがとう!」っていつも思う。相当な年月、忘れずにずっと心の中にあって、いつも初めて聞いたときの新鮮さを失わない言葉なんだ。寝床の中で耳鳴りがしたら、思い出してみて♪

2007/5/23(水) 午後 11:37 [ はっぱなっぱ ]



なにげない一言が沁みていって力になることってあるよね。
言葉は大事♡

2007/5/24(木) 午前 10:03 [ あおぞら ]



そうだね、言葉は大事。これからも大事にしていきたいね♪

2007/5/24(木) 午後 2:52 [ はっぱなっぱ ]
[PR]
by happanappamama | 2007-05-23 00:11 | つれづれ
山岳小説
山は

昔から日本人の暮らしの中にあったわけだし
山があれば、登る人もいるだろう・・・くらいに
ぼんやり思っていた。

でも、改めて考えてみれば、
生活に必要ならば山に入ることはあったとしても
生活それ自体と離れて
ただ「山に登ろう」ということはしてこなかったんだよね、
ということをきちんと意識したのはこの3日くらいです。

達成感を得るためにとか、景色を堪能するためにとか
純粋に楽しむ目的で山に登ることが一般的になるのは
ごく最近のことなのだ。

行ったところで、生活の足しになるわけじゃない頂上に
ただ登るなんていう余裕は
当時の日本人にはなかったのだ。

知らなかった!(私だけ??)

ぼんやりと
どの山にだって、頂上に行く道はあるのだ・・・と
なんの根拠もなくそんな気がしてたけど
登山道なんていうものがあるのは
山に登ろうという人がいるからなんだし
それは本当にここ最近整備されたに過ぎないんだな
ということを改めて知りました。

そんなこんなを思ったのは
新田次郎の『剣岳 点の記』を読んだから。
とてもよい本でした。

明治後期に、地図作成を管轄していた陸軍の命を受けて
剣岳に測量の基準点となる三角点を設置した
柴崎芳太郎さんという実在の方をモデルにした小説。

当時剣岳は人跡未踏の山で
信仰上の理由から「登ってはいけない山」と言われていたし、
登ろうとしても険しすぎて登れないと言われていた山だそう。
頂上近くまで行っても、だれもが岩壁に阻まれて登れなかった山。
弘法大師をして、草鞋三千足を費やしても登れなかった山と言われていたんだって。

まず、登れない山があるというのがオドロキだったのだ。
山なんて頑張れば登れるくらい思っていた私に
「そうか、よく考えてみたらもともと山に道なんて付いてるわけはないのだ」
という当たり前なことに気づかせてくれた。

地図だって当たり前にある世の中で、
何もないところから地図を作った人たちの苦労に、
私はいままで全く無頓着だった。
地図だって、なんとなく自然に出来てきたわけじゃないのだ!という事実。

測量するために半年も山の中にいて
お天気とカクトウしつつ道なき道を歩いて、
機材を運んで、測量の基準点を設置して、測量して・・・と、
そこには、のほほんと生活している私には想像を絶する苦労が。

今みたいに、ちゃんとした靴も、ゴアテックスみたいな素材も全くなかった時代。
山用のコンパクトな鍋釜、燃料、なんにもない。
テントだって暴風雨の中ではひっきりなしに雨がしみてくるようなシロモノ。
もちろん重い。
地図だってないんだよ!自分たちが作ってる最中なんだから。

そこに描かれる実在の主人公と、苦労を共にする助手、
ガイドとして一緒に山に入り、この人なくして・・・というほどに
いろんな事に心を砕いて柴崎さんを助ける現地の人たち。

今も剣岳に向かう途中に
そのときのガイドを勤めた宇治長次郎さんの名前をとって
長次郎谷というところがあるそうで、
そんな記述を読むと、ああ、よかったなぁ~と思う。

その長次郎さんはとても魅力的な人で
その後山岳ガイドとして名を馳せた人だそう。
きっと昔はこういう朴訥で、真面目で、魅力的な日本人がたくさんいたんだろう、と思える。

山岳小説はあまりたくさん読んでいないけど、
読んだものはそれぞれ「読んでよかった」というさわやかな読後感が残る。

はじめて山岳小説を意識したのはハタチくらいのころ。
そのころサッカーのDirをしていたEさんと本の話をしていたとき
『アラスカ物語』が面白かったという話を聞いて
Eさんにアコガレの気持ちを抱いていた私としては
「読まねば!!」と鼻息荒く読んだのです。

『アラスカ物語』は山岳小説じゃないんだけど、
とても面白かったので、新田次郎モノを読むようになり
小説の中の山に魅力を感じて、「山岳小説」という括りが存在することを意識したのだ。

その後しばらくその手の本は読まなかったけど
かなりしてから井上靖の『氷壁』を読んで、その面白さにびっくり。
井上靖の文章はとても好きで、小説もいくつか読んでいたけど
歴史小説ばかりで井上靖の現代モノを読むのは
子どもの頃読んだ『しろばんば』を除けば、そのときがはじめて。
『氷壁』はお勧めです。

ここ1~2年で読んだ『クライマーズハイ』とか『沈まぬ太陽』なんかは
山岳小説という風には括れないけれど、
どちらも山が物語に絡んできて、山の風景とか空気みたいなものを感じられるし、
物語の展開がスピーディで、息もつかずに読みました。

自然を相手にする人の話は良い。
読んでいて清々しい。

小説読んだのは久しぶりだったけど、『剣岳』に続いて今『孤高の人』読んでます。
まだ最初のほう。でも、面白くなりそう~!

『剣岳』は一冊で、「あ~、もう終わってしまう~」という感じだったので
上下、2冊あるのもうれしいところです。






コメント(8)


先日日経に載ってた野口さんの手記には、エベレストで8000mを越えると、あちこち、たくさんの遺体が、新しいのから古いのまで凍結して残ってる…とのこと。エベレストに登る人は特別な冒険家なのだろうけど、今普通にある地図だって、食べ物だって、薬だって、かつて多くの人の冒険や挑戦の賜物なんだよね。

2007/5/22(火) 午後 10:57 [ あおぞら ]



野口さんは日経に連載を持ってるの?
今の私たちの生活を支えている多くのものが、先人の努力の結晶なんだよねぇ。
いろんなものにドラマがあって、面白いね。

2007/5/23(水) 午前 1:11 [ はっぱなっぱ ]



えっ♪私も井上靖さん好きなんです。『しろばんば』とか『北の海』とか。『氷壁』はまだ読んだことないので、今度時間みつけて読んでみますね。

2007/5/24(木) 午後 9:35 [ boubou ]

そうですか~♪あんまり井上靖が好きっていう人、周りにいないので嬉しいです。
私は「天平の甍」と「楼蘭」がものすごく好きです。
この人の文章、無駄がなくて一見硬い文章のように感じるけど、染み透るように胸に入ってきてスゴイと思います!

2007/5/24(木) 午後 10:25 [ はっぱなっぱ ]



私もトラックバックしたことが無かったので試させてもらいました。やり方は『この記事にトラックバックする』をクリックしたあと投稿画面になると思いますが、その画面のトラックバック先のURLをコピーして貼り付けたい記事に修正でトラックバック先URLにペーストしたら出来ます。(他の方法もあるかも知れませんが…。)

2007/5/24(木) 午後 11:09 [子連れ登山]



子連れさん!手取り足取り、ありがとうございます♪明日トライしてみます!

2007/5/24(木) 午後 11:36 [ はっぱなっぱ ]



もし孤高の人が読後よかったら、同じく新田次郎の銀嶺の人、栄光の岩壁もお勧めですよ。
(時代は前後しますが一応この3作を筆者は3部作にしています)

2007/6/22(金) 午前 6:38 [ inoueam ]



inoueamさん。「孤高の人」よかったです!
三部作なんですね、読んでみます♪

2007/6/22(金) 午後 4:13 [ happanappamama ]
[PR]
by happanappamama | 2007-05-22 22:34 | ほん
無事終了!
なんとか重大なヘマをせずに、歓送迎会、無事終了~!

今日午前中に、ネット注文していた本が届き
「今夜は晴れ晴れとした気持ちでゆっくりじっくり本を読むのだ♪」
と楽しみにしていたけど。

学校を出たのが6時半ごろ
帰って夕飯作って
洗濯物たたんだり、いろいろして
お風呂に入って、
明日はhappaの運動会なのでお弁当の下ごしらえなどして
なんだかんだしていたらもうこんな時間。

マブタも重~くなってきた。

ホントはあさって山に行こうかなと思っていたけど
happaの運動会にnappaのサッカー、ピノ
夜は園庭で親睦会。
ちょっと山に行くのはやめとこう。

へーきへーきと思っていた私は甘かった。

たいしたことしてないのに、ど~んと疲れた。

楽しみにしてた本も、2ページくらいで寝ちゃいそう。

ともかく寝ます。おやすみなさい zzz・・・






コメント(6)

お疲れ様でした。運動会はどうでしたか^^

2007/5/19(土) 午後 3:03 [ むとぅママ]



お役目お疲れさまでした!いえいえ十分大したことされてると想います。どうぞゆっくり体を休めてくださいね。

2007/5/20(日) 午前 0:47 [ boubou ]



お早う御座います。今日は昨日おもいっきりの土砂降りの雨もあがって曇ってはいますが時折御天とさんがみえるお天気です。日曜なのでやっぱりスカーと晴れてほしいですねー。

2007/5/20(日) 午前 7:12 [daxaki]



むとぅママさん。運動会は途中で土砂降りになり、続きは火曜日・・・ということになってしましました。子どもたちはお弁当を持って帰宅。でも火曜も授業がないことで彼はホクホクでした!

2007/5/20(日) 午後 1:16 [ はっぱなっぱ ]



boubouさん。ところがほんとに大したことをしていないのが悲しいところ!でも、ヘマをしないか本当に緊張したのでドッと疲れが出たのです。でもおかげ様で、昨日の夜の親睦会でかな~り疲れが取れました♪

2007/5/20(日) 午後 1:19 [ はっぱなっぱ ]



daxakiさん。東京は昨日、本当に変な天気でした~。運動会は途中で終わってしまうし、なんだか中途半端。今日はスカッと晴れていい気分です!

2007/5/20(日) 午後 1:21 [ はっぱなっぱ ]
[PR]
by happanappamama | 2007-05-18 23:40 | にっき
最初のヤマ
明日はいよいよ一学期の最初のヤマ。
歓送迎会。

今週は準備で学校に行くことが多かったけど、
とりあえずこれでひと段落するのかな。

・・・と、言っても、私はただ言われるままにお手伝いするだけだから
大変だ!という感覚はあんまりないんだけれど
上に立つ人は連日連夜、準備に追われて大変そう。

本当に頭が下がる思い。

明日は、来賓接待の係になっちゃって
大丈夫なのか!?自分!

きちんとした服装で出かけなけりゃならないのも、
ちょっと肩が凝る思い。

明日はどうか、ヘマせずにきっちりお役目を果たせますように!
[PR]
by happanappamama | 2007-05-17 21:37 | にっき
福島の事件で
子どもが親を殺害するという事件が多い。
ここ数年の間に何度そういう事件があったんだろう?

そうでなくても殺人事件は増えているような気がする。
私が子どもの頃は、「殺人」はものすごいニュースだったように思うけど
このごろは日常茶飯な感じが否めない。

前にこんな事件が起きたとき
テレビでコメントしていた人の伝によれば
殺人事件自体の数は別に増えてるわけじゃないらしい。

むしろ、戦前のほうがそういう殺傷沙汰がたくさんあったんだそう。

でも、明らかにそういう事件を起こす人の年令は下がっているということも言っていた。
そして、そういう行為に至る理由も
なんだかよくわからないものになってきているようだ。

新聞でもテレビでも"心の闇"っていう言葉をよく使うけど
"心の闇"っていうのも、
その実体はあるのかないのか、どういうものなのか、
さっぱりわからない。
事件を起こした少年の心に闇があるものとして、
理解できない心の闇が存在するということに、むりやり全部を押し込めているような、
そんな印象がある。
自分たちには理解できない心の闇の存在で、理解不能な行為を納得させているような。

心の闇なんて、きっと誰でも持っているだろうと思う。
それが心の闇と言えるかどうかは、
人それぞれの気持ちの持ち方とか向け方とかによって違うかもしれないけど、
他人には理解できないだろう部分とか、知られたくない部分とか
自分自身にすら理解できない何ものかは、
意識するかどうかは別にして、
だれでも持っているものなんじゃないかな。

アメリカでは喫煙場面を含む映画はR指定になるらしいというニュースを見た。

日本も同じように規制すればいいと、簡単に考えられることじゃないかもしれないけど
日本は子どもの視線に対して無自覚で無防備すぎるという気がする。

子どもをマーケットとしてしか見ていない怖さがある。

ゲームにしても、映画にしても、テレビにしても
子どもの目には触れて欲しくない映像や言葉がありすぎる。

あれもこれもが氾濫する世の中で、
"心の闇"なんていうとても個人的なものだけに目を向けていたって
こういう事件は後を絶たないのじゃないかしら。

こんな事件があるたびに
「どうしてあの子が?」というような周りの人の感想を聞く。
いつも「ごく普通の子ども」が事件を起こしている。

ごく普通の子どもの中にさえそんな狂気が芽生えてしまうのだとすれば
その子どもの家庭環境とか、そんな小さな世界のことだけじゃなく
やっぱり社会が病んでいるんだということを
もっと真剣に自覚しなくちゃいけないんじゃないだろうか?
そしてそれに対して行動しなければならないんじゃないだろうか・

朝ごはんは必ず食べましょう、とか
週に何度かは家族揃って食事をしましょうとか
早寝早起きを習慣づけようなどという類の
提言を考えている間があったら、
もっと違うリーダーシップを発揮してほしい。

ウチの子は大丈夫。と私は思っているし、
きっと多くの人がそう考えている。
今度のような事件を起こしてしまう子はどこか他の子どもとは違っていたのだ、と感じるだろうし
私も今までなんとなくそういうふうに考えてきた。

でも、そうじゃないのかも。
本当にごく普通の子どもの精神が知らないうちに病んでしまうような、
そんな社会に生きているんだということは
ちゃんと自覚しなくちゃいけないんだなと思う。

今朝の新聞でも誰かが言ってたけれど
いろんな事が簡単便利に出来る世の中にあって、
今の子どもたちの中に無意識のうちに
”なんでもできる”ような感覚が芽生えても不思議じゃないと思う。

人間の能力の限界はちゃんとわきまえなきゃいけないし、
今の私たちの生活は私たちの能力だけで成り立っているものじゃないということを
もっと考えなきゃいけないな、と思う。

ナビのことを考えたときにも書いたけど
人間の持っている、ささやかだけれど、確固とした能力をきちんと使うことの大事さと
子どもたちにもそれが実感できる生活をさせたいな、と
今度の事件でとても思います。

どうしたらそれを実感できるのだろう?ということは
今後ゆっくり考えなきゃ。





コメント(2)


はじめまして、この事件について書いておられる方を検索して、ここに参りました。本当に私達をとりまく環境は情けないです。でもその渦にまきこまれずに頑張りたいものですね。

2007/5/16(水) 午後 8:44



はじめまして!そうですね。とりあえず私に出来るのは自分の子どもたちに目を配るということくらいですが、ちゃんとて見ていてあげられるのか、見きれるのか、不安でもあります。どこを見てなくちゃいけないのか、きちんと考える必要がありますね。

2007/5/17(木) 午後 7:57 [ はっぱなっぱ ]
[PR]
by happanappamama | 2007-05-16 16:05 | じけん


カテゴリ
最新の記事
見えているもの、いないもの。
at 2015-07-20 21:08
アンのこと
at 2014-06-01 15:46
J.D.サリンジャー様
at 2013-10-13 16:28
距離
at 2013-09-23 10:48
匂いと臭いのまわりのあれこれ。
at 2013-09-22 14:56
記事ランキング
Twitter
画像一覧
お気に入りブログ
外部リンク
メモ帳
いまのとここっちにメインの日記があります♪

検索
その他のジャンル
ブログジャンル