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カテゴリ:つれづれ( 197 )
”伊東マンショ”という衝撃
ヨーロッパ繋がりで。





小学校の時の社会の教科書が好きだった。

地理的、公民的な部分にはあまり興味はなくて(苦笑)
面白かったのは歴史部分。



昔のことを考えるのが大好きだった私は

昔の暮らしを伝えたり、
昔の人々が描かれている絵を見るのが

ものすごく楽しかったのよね。




で、小学校高学年の社会の教科書に載っていた一枚の絵には
まじまじと見入ってしまったなぁ。

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それには「天正遣欧少年使節」と注釈が。



4人の少年(とは、その時は思えなかった!)が描かれたその絵には
それぞれの名前が記してあって

「伊東マンショ、中浦ジュリアン、千々石ミゲル、原マルチノ」 と。



伊東マンショ!!


史実よりも何よりも
まずは名前のインパクトがすごかった。


小学5年生(?)の私には
なぜ日本人なのに「マンショ」なんていう名前なのか???

…というような疑問でいっぱいだったし


その後、今に至るまで
その4人の名前を忘れたことがないくらいの衝撃。

きっと何度も
その名前を頭の中でリピートしたのだろう。




そして、こちらを見つめる少年4人の目。

絵だから
本当はどんな顔をしていたのか、はっきりとはわからないけれど
こう、何か話しかけられているような
私というものの内側を見透かされているような気がしたし

”かつて生きていた、今はもういない人”という
生々しさがあった。


多分教科書には簡単にしか書かれていなかったけど
帰国後の彼らの生き方を知ってこの絵を見るからこその
感慨というか、寂寥感というか、

そういうものがあったなぁ。






彼らは当時の私とそれほど歳が違わない少年たち。


外国に行くなどということは頭の片隅にもないような時代に

親元を離れ、
外国人宣教師に連れられて
遥か彼方のヨーロッパに出かけて行ったのだ。




しかも小学生の私には
ただただ口をぽかんと開けて驚くしかなったのが

彼らの帰国までに10年近くの歳月が流れているということ。


船で行く…ということは
飛行機よりも時間がかかるにしても
なぜ10年も?と。

数か月あれば行ってこれるでしょ!と思ったものね(笑)


しかも私と同じような年の人が
そんなに長い時間(実際には8年半くらい)家族と離れ離れとは!

自分に置き換えて考えたら
子ども時代の10年を日本の親元で過ごすのと
見知らぬ外国で過ごすのと(しかも定住でなく旅!)では
天と地ほどに違うというか

人生を誰かと取り換えてしまうほどに違うんじゃないだろうか。



とにかく、彼らのエピソードは
私に、ぐるぐるといろんなことを思わせた。




多分、同じくらいの年の頃
やっぱり社会の教科書に「鑑真和上来日」のエピソードもあったんだけど

鑑真和上が、
縁もゆかりもない日本に
5度も渡航に失敗しながら、6度目にやっとたどり着いて

その航海にも、
やはり6年という時間がかかっているということも
すごく驚いた。


(後日、唐招提寺をhappaと一緒に訪ねた時は大変感動しました!
 そのエピソードは ココにちょこっと記載)



かつて生きた人が、どこかに残している気配に
私はとても弱い。


「夏草や 兵どもが 夢のあと」という俳句にも
同じような意味でものすごく魅力を感じる。

だから遺跡や城跡なんかが好きなのだな。






「天正遣欧少年使節」については
その後、もう少し大人になってから
いくつかその足跡を辿る系の本を読んだ。


面白かったのは松田毅一さんのもの。

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遣欧つながりで、支倉常長の「慶長遣欧使節団」関連の本も読んだり。



ヨーロッパを旅した時に私が感じたいろいろと

現代とは全然違う、
外国とはどういうところかという概念さえもが曖昧だった
当時の日本人たちのそれとでは

受け止め方も、次元が全く違うだろうとは思うけど



諸外国の景色や文化を
写真やテレビで見たこと聞いたことのある私でさえ
恐れ入りました、というか

「わーーーーーーー!」という以外に言葉がなかったんだから


当時の彼らは
言葉も出ないほどの衝撃を受けたんじゃなかろうか。





そんなこんなを書きながら「天正遣欧少年使節」で検索したら、
なんと最近映画になっていたのね!


あんまり見たくないなぁ…。なんて思ったけど

私が最近お気に入りの井之脇海くんが
”原マルティノ”(マル”ティ”ノなのね^^;)役で出ているらしく。


ちょっと見たいような^^;



でも、
私の天正遣欧少年使節たちに対するいろんな思いが
上書きされちゃったらもったいないから

やめておく^^



by happanappamama | 2019-04-24 11:23 | つれづれ | Comments(0)
ノートルダム大聖堂
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ノートルダム寺院の火災は本当に残念だ。


その後、どうなっているのだろうか。

最近、あまりテレビを見ないし
バタバタと暮らしているから
ネットのニュースさえあまり目に入らず

どうも失火らしい、というニュース以降の情報がない。




やることいっぱい、
なのに雑事がいっぱいで何をする時間も取れず

夜は眠くなってしまって
あれこれ終わると「さあ、寝るぞ!」と、
晴れてのびのびリラックスした気もちになって

ベッドに向かって急ぎ足みたいになってしまうんだよね。

寝るのが楽しみという(苦笑)






ノートルダム寺院は
若いころ、1度だけ行ったことがある。


もうすぐ社会人になる…という春休み
もう長いおやすみはこれで最後なのだと思ったら
「ヨーロッパに行ってみたい」という気持ちがムクムク湧き上がって
一人でヨーロッパへ出かけたのだ。



当時はまだ西側と東側がはっきり分かれていた時代で

私が行ったのは西ヨーロッパ。



東側にも行ってみたかったけれど
そのころは圧倒的に東側の情報が少なかったし

初海外、初一人旅…という状況だったから
比較的安全な道へ。


ロンドンin パリout という、
行きと帰りの場所と日時だけ決まっている
30日fixの安いチケットだったので

ロンドンに着いたら、
とにかく1月後にはパリにいればいいということだけが決まっていて
後は本当に「次、ココ行ってみよう」という

はじめての海外にしては大胆な旅だった。


さらに
ネットがない時代ゆえ、
頼りはガイドブックのみ、という(笑)


怖楽しかったなぁ~。
知らない国、知らない言葉、知らない人たち。

今、同じことをするバイタリティーが
私にあるだろうか?




…曲がりなりにも
ひと月の旅も終盤の最後の数日、パリにいて

超有名な観光地でもあるノートルダム寺院にも
当然のように出かけたのでした。



私の印象はそれほど良くなくて(笑)

なんかちょっとエラそうというか
大げさというか、

ウィーンで見た聖シュテファン寺院の方が
ずーっと好みだったし

アッシジの聖フランチェスコ教会の方が感動が大きかった。


それはきっと
どこに行っても教会教会教会…という旅の最後に見たせいで、
ちょっと食傷気味だったということもあるかもしれないし

「花の都」という
そのころ誰でも頭に浮かんだだろう冠言葉のせいで
”世界に名だたる”的なパリの街を斜めに見ていたり

「他にいっぱいイイモノ見てきたもんねー」という気持ちや
初海外旅行者の「やってやったぜ、どうだ!」という達成感や
可愛らしいプライドなんかのせいもあったからかもしれない。



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今改めて考えれば
そんな色眼鏡ははずして、もう一回じっくり見たいと思う。


記憶も随分と曖昧だしね。



けれども、私が見たあの「ノートルダム大聖堂」は
永遠に失われてしまったのだなぁ。

もう2度と同じものを見ることはできないんだよね。



一度だけしか訪問したことのない
一介の旅行者すらそう思うのだから
パリの人たちはどんなにか悲しい気持ちでいることだろう。




人々の価値観や、
社会のありようが目まぐるしく変わる現代にあって


何百年も変わらずにそこに存在し続ける…ということの
圧倒的なゆるぎなさは

ただ美しいもの、宗教的・文化的価値があるものというだけでなく
大事なものだと理解できる。


遠く極東の地にいる私ですら
心から再建を願うし、
なにか力になりたいという気持ちでいます。




いつかまた、彼の地を訪れることがあるかしら?

昔はどこにでも行きたかったけど
最近、「私が行かなくても、誰か行って」と思うようになった(笑)



でもまた、
行きたいと思う日がくるかもしれないな。

今は、犬たちを置いてはどこにも行きたくないだけかも(笑)




いつか犬たちをしっかり見送ることができたら
その時、また改めて考えよう。





by happanappamama | 2019-04-21 10:12 | つれづれ | Comments(0)
フルーツ牛乳
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少し前の夕方のニュースで
フルーツ牛乳が生産終了すると言っていた。


そうなのかー。
ちょっとがっかりというか、寂しいな。


テレビニュースの中で取材を受けていた銭湯の常連客たちも
見るからにガッカリしていて可笑しい。

みんなそれなりに年配の人たち。


だよね。
フルーツ牛乳はワカモノの飲み物じゃないもんね。

しかもフルーツ牛乳への愛を語っていた人たち、
全員男性だったのが、よけい可笑しかった。



「ちょっと寂しい」と言ったけど
私自身はそんなにフルーツ牛乳は好きじゃなかった。


ときどき近所の友だちたちと銭湯に行くことがあったけど
私がお風呂上りに楽しみだったのは
断然マミーだ。




森永マミー。


♪も~り~な~が~マミ~~~~♪

というCMの音楽も、鮮明に思い出す。


牛乳瓶を半分にしたくらいの大きさで
あっという間になくなっちゃうんだけど

子どもにはあのくらいの量がちょうどよかったのだよなぁ。

もうちょっと飲みたいなぁというくらいの量だからこそ
「美味しい!!」
という気持ちが盛り上がったのかもしれない。



お風呂屋さんのガラスの冷蔵庫にはいつもあったマミーだけど
他の場所で売っているのを見たことがなくて

なんだか幻の飲み物風だったのも
「美味しかった」という思い出を
マシマシにしているのかもしれないな。



だいぶ大人になってから
スーパーで売られている紙パック入りのマミーを見つけて

ホクホク買って帰ったけど

飲んでみたらちっとも美味しくなくて
「え~、こんな味じゃなかったのに」と思ったものだ。




味が変わったんじゃないんだよね、きっと。


お風呂上りの解放感とか
あの小さな瓶の、ガラスの唇にあたる感じとか
すぐに終わっちゃうあの量とか
友だちとカラカラ笑いながら飲んだ楽しさとか


そういうのが一緒になっていたからこその
美味しさもあったんだよね。




大人になったからこそ
味わうことができるようになったものもいっぱいあるけど

子どもじゃなくなったことで
味わうことができなくなったことも
やっぱりたくさんあって


でもそういう思い出は
すごく自分を幸せにしてくれるものでもあるなー。



件のフルーツ牛乳。

ジジ男は大好きで、
たまに温泉なんかに行って似たようなものがあると
喜んで飲んでいる。

あの銭湯でインタビューを受けていた高齢者たちの姿と重なって
笑っちゃうよ。


昭和がまたひとつ、遠ざかっていくんだな。



ただ、
販売終了のニュースも
瓶では売らないけど、ペットボトルでは再販するというオチが。



うーん。
それはもはや別の飲み物にちがいない。




by happanappamama | 2019-03-07 17:32 | つれづれ | Comments(0)
ご無沙汰だけど
ここに書くのはほとんど4年ぶり。

すっかり忘れていたわけではなくて
書きたいことは、そのつどつどでたくさんあったし
実は下書きに残しているものもある。


でも、保護犬の預かりボラを始めてから
そちらの記録の方が生産的というか

実際に、預かっている保護犬たちの幸せにつながる…という
具体的な目的みたいなものがあって
書く意義みたいなものを感じることができたし


いろんなことが同時にできない質なので
ここに書きたいことも
頭の中に置きっぱなしにして

実際に書く、というところまで
行かなくなっちゃった。


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ここに書くのは
誰かに読んでもらうというよりも

自分の備忘録みたいに
どこかに記録しておきたいな、というくらいのものなんだけど

でも、ノートに書くのは大変だし
なにかあったときにネット上にある…というのは
便利なのかなぁとも思ったり。



そんな中
こちらにもやっぱり書いておこうかなぁ
実はすごくこのページを大事にしていたのだよなぁと
改めて思い出すことができたのは

昨日の出会いがきっかけです。



数年前から勉強している「犬の食事療法」。

いつのまにか講義のお手伝いをするようになって、
昨年からは自分が主催する講座をしているのだけれど

昨日、そこにご参加下さった受講生のおひとりと
話しながら会場の最寄り駅までご一緒した。



その方とお会いしたのは昨日が初めてだけれど
以前からインスタでお互いをフォローしていて

だからインスタ経由で
私の講座に辿りついてくださったのだとばかり思っていた。



ところが驚いたことに
その方はこの「ひびのきおく」の頃からブログを読んでくださっていて(驚)
そこから預かりブログやインスタに飛んでくれたと。

「もう、あのブログは書かないんですか?」って
私にこのブログのことをもう一度思い出させてくれた。


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ここは、わたしにとってはすごく大事な場所で
誰が読んでくれるとかそういうことは全然関係なく

秘密の基地みたいな、
「トムは真夜中の庭で」の、トムの裏庭みたいな
どこか、気持ちのよりどころみたいなところなのだ。



ここに書いてあるいろいろは
もちろん、誰もが面白いとか思うようなものではなくて
ホントに取るに足らない
人によっては全くつまらない類のあれやこれやだと思うんだけど

だからこそ、
そこに少しでも共感してくれるという人に会うと
「きっと同類に違いない」って
嬉しくなってしまうのだ。



そんなわけで、昨日は嬉しくて
昔の自分に会うみたいに
このブログを読み返したりしていた。



最近、気持ちがもやもやすることが続いていて
落ち込むこともいっぱい。


でも昨日のことで
私は自分がこっちと思う道を行けばいいんだなって
思うことができた、というか。

特に根拠があるわけじゃないんだけどね。

単純^^



ぽんちゃんのママ、
私にこのブログのことを思い出させてくださって
ありがとうございました。

感謝です。






by happanappamama | 2019-03-03 10:07 | つれづれ | Comments(0)
見えているもの、いないもの。
なんとまぁ、1年以上ぶりの更新。

ここにこそ、書きたいことがいっぱいあるはずなのに
書かずに放置しているのはもったいないよね。

こまめに書きたいと思っているのだけれど
日々の雑事に追われ…という、月並みな言い訳。

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ここには極力預かり犬のことは書きたくないんだけど
でもちょっと思ったことがあったのでサラッと。


ウチでお預かり中の女子犬・青(せい)。
このたび里親さんが決まった。

とてもよい人たちで、
奥様はまだまだお若いけれど、感性に通じる何かをお持ちの方…とお見受けする。


青は吠えの問題のある子。
お迎えいただくにあたって、その辺り「ホントに大丈夫なのか?」を考えていただいた。

無理をして迎えていただくようなことになっては
どちらも不幸だもの。

いろいろお話して、すっかり安心して託せると思っているのだけれど
当初、奥様は青が吠えることで「ご近所の反応はどうか」ということを
とても気にかけていた。

青が他の犬に吠えることそのものは大丈夫、とのこと。
あとは近隣との関係、って。


「やっぱり一緒に暮らしたい」とお申し出いただいた後
お電話で直接お話したときに

「今まで全く気づかなかったけれど、
”ウチのご近所って、けっこう犬の声がするんだな”ということに驚きました」って。

青を迎えるかどうかを真剣に考えている間
それまで耳に入らなかった犬の鳴き声がよく聞こえたのだと。


それって、とてもわかる気がする。

ウチもむーちゃんを迎えてから、
「犬と暮らしている人ってこんなに居るんだ!」と思ったもの。

妊娠したときは
「世の中、妊婦ばっかりじゃん!」と思ったし
子どもが生まれてからは
「子どもってどこにでもいるんだな」って思った。

要するに、自分がフォーカスしていないものは
見えていないし、聞こえていないのだよね。


あるときハタと気づくことって、いっぱいあるのだよなぁ。




今自分が見ている世界は、自分が見ようとしている世界だ。

だから、
気づかず見過ごしているものがあることに、
敏感でいたいなと思う。
by happanappamama | 2015-07-20 21:08 | つれづれ | Comments(0)
距離
初夏の頃引っ越してきた、ごくごくご近所さん。

噂では4人家族らしいんだけど、姿を見たことがあるのは同世代風のご主人一人だけで
他の3人は見かけたことすらない。

ここ最近、朝ご主人が前の道路で車を洗っているところに出くわす。

ちょうとお散歩に行くときだったり、帰りだったりするので
「おはようございます」ってご挨拶をするんだけど。


いつもあちらは無言。

ちらりとこちらを見ることはあるんだけど、
水の音なんかもするだろうし、私もそんなに大声張り上げてたわけじゃないし
もしかしたら聞こえていないのかもしれないなって思ってた。



ご近所だから、お互いにこれからも顔を合わせる間柄。
今朝もご主人が洗車していたので、思い切って近づいて行って
「おはようございます」と言ってみた。


私が家から出てきたとき、コチラの方を見ていたし
斜め向かいの住人だということはわかるはず。

お近づきになるいいチャンスだと思って。



でも。
動かしていた手を止めて、顔を上げて私の顔を見たのに、またまた無言。


なんだかちょっとがっかりだ。


挨拶はご迷惑なのかしら?
ご近所付き合いはしたくないと思っているのかな?



つい、この間までそのお宅に住んでいたご家族とは
同じ年頃の子どもがいたこともあって、仲良しだった。

急にお引越しが決まって、寂しく思っていたのだ。

そのご家族と同じようにお付き合いしたいと思っているわけではないけど
顔を合わせれば「こんにちは!」と言える程度の付き合いは、あってもいいんじゃないか…というよりも
必要なんじゃないかと思う。



気づかないのかと思っていたから挨拶はしていたけど
これからどうすればいいのだろう?と思ってしまうなぁ。

モチロン、そこに居るのを知りつつ無言で通り過ぎるのは嫌だけど
アチラが嫌がっているとしたら、それは押し付けがましい行為なのかなぁ。



どんな距離でいたらいいのだろ。







距離といえば。

全然カンケーないけど(笑)、食洗器との距離も測りかねる。


我が家に食洗器というものが導入されて、かれこれ4年。
いまだに距離が縮まらない。


お皿にくっついている食材はあらかじめ落としてから入れてください、と注意を受けたので
ざっと下洗いみたいなことをして機械に入れるんだけど
結局どこまでが下洗いなのか、丁度いい所でケリをつけられず
そのまま洗ってしまってきれいになりました、みたいなことが多い。

いまだに。



どんな機器もうまく使いこなせない。

つくづく、アナログな人間なのだなぁ。
by happanappamama | 2013-09-23 10:48 | つれづれ | Comments(0)
匂いと臭いのまわりのあれこれ。
商品名を出すのもどうかと思うけど、ファブリーズに代表される香りつきのスプレーが苦手。

無香のものも使ったことがあるんだけど、
なんだかやっぱり匂いがする。


その香りそのものは、そのとき一瞬嗅ぐ分には決して嫌な匂いじゃない…というか
いい匂いだなと感じるものもある。

でも、やっぱりそういう匂いをたくさん嗅ぐと、ちょっと気持ち悪くなっちゃう。
なんだか嘘っぽい香りなんだよね。



最近巷には、いわゆる香り関連商品がたくさん。
テレビのCMを見ていても、百花繚乱という感じだ。


布にかけるもの、空間にスプレーするものはもちろん
髪専用のものもあるし、近頃の柔軟剤は擦ると香るなんてものもあったりしてびっくり。


こういうものがたくさん発売される背景には、
どんどん臭いに敏感になっている現代人がいるのだろうなぁ。


今はもう内容が違うかもしれないけど
犬の家族のアニメーションの柔軟剤のCMも
お父さんの臭いをこっそり柔軟剤で消して、家族は安心、「あーよかった」みたいな感じが
いつも見ていて不快だった。


不潔にしている臭いとは違うだろうに。


お父さんの臭いは、昔からムスメに嫌われるものと相場が決まっているけど
年配の男の人特有の、そういう臭いに対して
「でもまぁ、しょうがないじゃない」という気持ちも同時にあって
「お父さん、クサイ!」といいつつ、そこには当然愛情もあったように思うんだけど

だんだん「クサイのは悪」みたいな世の中になっていくようで
寂しいような怖い様な気がする。

加齢臭なんていうものが言われだしたのも、この10年くらいなんじゃないだろうか。

自分はそういう臭いを放ちたくないとは思うし
もしもさりげなく家族に指摘されたら、ちょっといい香水とか使ってみようかなと思うけど、
世の中にあれこれ言われたくないな、そういうこと。

年を経ることで当たり前に現れてくる、抗いようのない変化に
「メイワクなので蓋してください」」と言われているようで嫌だし
いろんな意味で、古いもの、年取ったもの=汚いものみたいになっていくのは悲しい。

臭いに限らず、そういう世の中は怖いな。



…といいつつ、
我が家は中型犬が2匹(時には3匹)いるので、実は臭いはとても気になる。

まぁ、家族である私たちはいいんだけど、来客時は、ね。


で、やっぱり消臭グッズというか、臭いを分解するというスプレーみたいなものも
いろいろ使ってみた。

なるべく動物(人も含めて)の体に負担のないもので
効果のありそうなものをとりあえず定番的にストックしていて適宜お世話になっているけれど
ある程度の臭いは仕方がないな、とも思う。

そういう生き物なのだし、
そういう家族を持ったものとしてはある程度折り合うしかないもんね。
彼らの臭いも、愛しい彼らの一部なんだし。

基本的な掃除と、空気の入れ替えと、アロマポット使うくらいでいいよね?



でも「この家、くっさいなぁ」と思われるのは悲しいから
「犬がいるんで、ちょっと臭うけどゴメンナサイ」とは釈明するんだけど。


生活臭もなにもかも、ぜんぶ犬のせいにして(笑)





…などなど言いつつ、
でも決してイイにおいのするものが嫌いなわけではなく、むしろ好きです^^;


香水も、好きな香りのものはいくつか持ってるし、お気に入りの精油だってたくさんある。

そしてやっぱり、花だったり、草だったり、木だったり
自然由来のものがやっぱり心地いいような気がする。

いい香りは人をリラックスさせるし、ちゃんと効能だってあるんだろう。

自分が加齢臭を放っていると思うのはいささか辛いけど、
いい香りをまとっていると思えば楽しいしね。

寝るときに枕にいい香りを忍ばせると、気持ちよーく眠れるし。


でもそれは、やっぱり人工的な、わざとらしい香りじゃない。



自然のものから香りを抽出するのは手間がかかるけど
手間をかけずに作る香りは、安くできるんだよね、当然。


だからきっと、スーパーで数百円で売られている柔軟剤やスプレーに含まれる香りは
それなりの香りでしかないんだと思うな。


そして、そんな大安売りの匂いグッズは
香りと一緒に体によくないものもたくさん放っているんだと感じる。


そんなもの、吸い込みたくないし、
むしろそっちが、より気になってしまうのかもしれないな。
by happanappamama | 2013-09-22 14:56 | つれづれ | Comments(0)
枯れないように。
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ここに来るの、すごく久しぶり。

パスワードなんかも「どれだっけ?」っていう状態で
ログインするのにまごまごしたりして。


開けてみたのは、
以前使っていたyahooブログの、まだ移動していない記事を
ぜんぶこっちに移しておきたかったから。


前から少しずつやってたけど
だいたい移してしまったら、「もうあとちょっとだし」って気が抜けちゃって
その後、全然手をつけなかった。

でも、多分もう残り2~3ヶ月分くらい。

こんな風に地道にコツコツ移動しなくても、
もしかしたらあっと驚く方法があるのかもしれないねー、なんて思うけど、
アナログな私には無縁だし(笑)。




でも、そんなことをしつつ、
以前の自分の文章やいただいたコメントを読んで
クスクス笑ったり、「こんなことを思っていたのかぁ」と思ったり。




毎日毎日、いろんなことを考えるし、思うし、感じる。
くだらないことも、大事なことも、どうでもよさそうだけどどうでもよくないことも。


自分の体験や思いは、記憶として自分のどこかにとどまって
たとえ忘れてしまっても、なくなるわけではないと聞く。

どこかにストックしてある場所があるのだ、って。



でも、それってどうやって開けるのだろ?

なくなってしまうわけではないことは救いだけど、
開け方がわからないんじゃなぁ。



昔の文章を読んでいて、
こういうとこに取っておけるのっていいなーと、改めて思った。


自分の思ったことだけど、もう忘れてしまったことがたくさんあるし
だから余計に、ここは私には大事な場だなぁ、ということを再確認。


ここにいろいろ綴らなくなってから、枯れてしまいかけているのを感じる。


捨ててしまいたくない思いはもちろん、
大部分の、取るに足りないような毎日のことを、ちゃんと取っておこう。

自分に水をあげるつもりで。



それはきっと、自分を耕してくれる。

はず。
by happanappamama | 2013-09-11 22:37 | つれづれ | Comments(0)
つれづれ
普段の自分が考えもしないような、
未知の、難しい話を見知らぬ誰かがしているのを耳にすると、
思わず耳だけこっそり参加して自分も少し賢くなったような気になる。

他の人にはそんな風に見えなくても
”ふふふん”と普通の顔をして、
自分の内側だけで楽しんでいるこっそり活動が
実はけっこうあるような気がする。



人の心のウチは簡単じゃない。

私のようなものは特に
人には単純に見えるのだろうけれど
きっと単純な人なんていないんだろう。



楽しいこっそり活動は
気楽だし、淡々と流れていく日常に、ささやかな彩りを添えてくれる。
by happanappamama | 2012-11-07 23:12 | つれづれ | Comments(0)
山に行ってきたんだって。
自分が山に行ったわけじゃないのに、なんだか気持ちが山に向いてしまう日々。

つい手を伸ばしてしまうのは、毎度山系の小説。

やらなくちゃいけないことがたくさんあって
これから始まる慣れないあれこれもあって
気持ち的にはいっぱいいっぱいの最近なんだけど、
どんなものであれ、しばし山の雰囲気に触れると生き返れる気がする。

下界のもやもやが(…って、私がいるのは下界なんだけど)
頭の中だけでもキンと冴えた空気いっぱいの山にいることで、
なんだかどうでもよくなるみたいな。

心配ごとだって、なんとかなるさと思えたり。


happaが山に行ってきた。
正確に言えば、山に”連れてってもらった”んだけど。
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<撮影:青年T>



まだまだ雪の残る、新潟県は妙高山。

出発までの間、同行してくださる青年Tの指導の下
なにやら精力的に、結構なエネルギーを注いで楽しげに準備をしていたhappa兄。
冬山用の装備を借りたり、
カロリー計算をして食料を調達したり、
保険なんかにもちゃんと入っちゃったり。

で、びっくりするくらい山盛りの荷物を持って出かけて行った
5月下旬の午後11時。
青年Tがhappaを新宿で拾って、向こうまで車で乗せてってくれるんだって。

で、翌早朝から登り始めるらしく。
(おそらく、青年Tはほとんど寝ずに登山開始となったはず)

出発するとき、
「要所でちゃんとメールしてね」と言ったら
「山に行ったら、電池がなくなるからケータイの電源切っちゃう」と言う。

そうか、そうか。電波も届かないかもしれないしね。

happaの話から伺い知るところに寄れば
青年Tが一緒に行ってくれるならば、ぜんぜん心配は要らないんだけど
でも、やっぱりほんのちょっとは心配してしまうのが人の親というもの。

だって、雪山初めてなんだし。
スゴイ荷物だし。

ちょっと前、高齢ではあったけどベテランを含むパーティが
春山で遭難したニュースなどが耳に新しいし。

足手まといになってないかな、とか、そんなことも気になるじゃないか。


で、唯一の情報源だったのが青年Tのツイート。

ところが。
青年Tもなかなか呟かないんだよ。

そりゃそうだよね。

あんな荷物を背負って、重力に逆らって山を登っているんだから
いちいち呟いてなんかいられないのは
ちょっと考えればわかること。

そのときは、そんなことには思い至らず、何かというとケータイで確認。

山にいる間のツイートはたった4つ。


「妙高外輪山。前山獲ったなう」 (初日、午前11時過ぎ)
「GPS、神」 (初日、午後4時過ぎ)
「こーぜんじ池辺りで泊まります。山頂までの高度差は500くらい」 (初日、午後4時過ぎ)
「妙高獲った。2人とも元気です。いまからキムチうどん食べます。【山頂なう】」
(2日目、午前9時前)



でもね、そのポツリポツリと聞こえてくる現地からの文字が
なんだかとてもよかったな。

手に取るように様子がわかってしまったら、それはやっぱりつまらないもんね。
現地の空気は、行った人だけのものだし。

ちょっと、伝達手段がたくさんなかった頃の電報みたい。
少ない言葉にたくさんのことが詰まっているような、そんな感じ。

青年Tの呟きは、私に向けられたものじゃないけど
臨場感を持って私にもまっすぐに届く文字の繋がり。
インターネットってすごいなぁって、ツイートを見ながら思いました。

特に、最後のツイートを見たときはジーンとして、
なんとも言葉にはできない感動がグイグイ押し寄せて来て。



2人ともスゴイ!
素直に2人を尊敬します。

だって、私にはできない。
20キロの荷物を持って、ザイルで結び合ったりしながら雪山に登るなんてこと。
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<撮影:青年T>


サラリとそっけないツイートからは想像できないけど
現地ではきっといろんなことがあったんだろうと思う。

言われてみれば当たり前だけど(でも言われなければわからなかった^^;)
雪があるっていうことは、夏の登山道はどこだかわからなくなってるということ。

でも、中途半端に雪が解けているから、太い藪があちこちから出ていて
雪山なのにバキバキと藪漕ぎしなくちゃ進めない場所が続いたり。

帰ってきて話を聞いたら
「上まで行けないかと思った~」という瞬間もいっぱいあったようで。

とにかく、部外者の私もじんわり心動かされた2日間だったのでした。



happaの帰宅予定日、我が家の夕飯は冷蔵庫の残り物整理デー。

どうせ彼は夕飯を済まして帰ってくると踏んでいたので、
当然happaのご飯のことはほぼ考えていず、

残り物を調理しながら
「何時ごろ帰ってくるのかなぁ」「終電間に合う時間かなぁ」などとぼんやり思っていたら
なんと、帰ってきた!

しかもhappaを車で送ってくれた青年Tと共に!

で、当然母としては慌てて飛び出して
「夕飯、食べていってね」とお誘いした。

選りにも選ってこの日だけど!

後でジジ男に「勇気あるね」と言われたり
happaに「至上稀に見るショボイご飯でびっくりした」
と言われた夕飯が食卓に上るこの日だけど!


でも、
「夕飯が残り物で申し訳ないからお引取り願う」のと
「とんちきなご飯でもゆっくりしていただく」という選択肢があったら
私は迷わず後者を選ぶ者だ。

だってあの感動の後で、
頂上から生還した(大げさ??)2人を前にして、誘わずにいられようか!?

いろいろ話だって聞けるチャンスなのに。

ご飯の後、写真を見ながら
ルートの説明はもちろん、山でのいろいろをゆっくり聞かせていただいて
すごく面白かった。

だって、今帰ってきてホヤホヤの、今日の出来事なんだから。
ちょっと前まで、そこにいたんだから。



山の話を聞きながら、
「あー、あの中1の夏、happaを学荘に放り込んでほんとによかったな」
って思いました。

彼はほんとに、学荘と、学荘に関わる人々に
直接的にも、間接的にも育てていただいたなと思う。

夏の、たった15日間のキャンプだけど、
夏を終えても、次の夏まで、気持ちの上で学荘が細く長く続いているみたいに、
思いがけないことでその影響を感じたりする瞬間があった。
(学業系には反映されなかったけど^^;)

彼らが回りにいてくれたおかげで、
happaが道を大きく外さずに歩けているんじゃないかと思える。

中1から高3まで、学荘リーダーズと会っているのは
時間で言えば、トータルで2ヶ月半程度(中3は抜けてるから)。

6年間のウチの、たった2ヵ月半。
それなのに、育てられたって言えるキャンプはすごい。




後で
「あまりに大変すぎて、もう山に行くのこりごりとか思う?」って聞いたら
「また行く」と言う。


そうか。いいではないか!

私もそのときには、鼻歌歌いながらhappaのことは気にしない1日を送るのだ。

私が大船に乗った気でいられるように
それまでに、自分の命は自分で守れる男になってもらいましょう。
by happanappamama | 2012-06-06 23:05 | つれづれ | Comments(0)


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